2013年9月20日金曜日

第14章  企み

少年は立ち上がって深呼吸した。
そして天井を見上げた。
なんだか天井がぐるぐる回っているような感覚に囚われた。
気分が収まると、部屋の扉のところまで行ったが、考えなおして机に戻り、すぐに続きを見始めた。

「メルト、調子はどうだ?」
トシヒコはモニターを見ながら話している。
詰所のようだ。
「ええ、おかげさまで調子は良好です。順調に外皮の線量も下がってきているし。」
「新人たちの様子はどうだ?」
「二人共優秀ですよ。仕事覚えるのが早くて助かります。」
「そうか、それは良かった。お前のお陰で予算が増え、アンドロイドが増員された。」
「本当に良かったですね。」
「ああ、しかし次の二体以降アンドロイド検査調整センターの期間延長で半年ほど伸びるんだよな。」
「ますますめでたいじゃないですか。アンドロイド検査調整センターの一年化は長年の悲願だったんですから。」
「ああ、そうなんだが。その、なんと言うか。初の1年組が来た時面倒見られそうか?」
「大丈夫でしょう。今の二人とてもいい子だからきちんと指導してくれるでしょ。マーガレットさんもいるし大丈夫ですよ。」
「そうじゃなくて、お前はどうなんだ。教育係として迎えられそうか?」
「ああ、そうですね。コアの脆化のペースはあまり下がらないようなのでちょっと難しいですね。」
トシヒコはメルトをじっと見つめた。
「あのな、お前何かしたいことはあるか?」
「したいこと?」
「ああ、何でもいい。」
「そうですね。何でもというなら、もう一度おひさまのしたで子供たちと走り回りたいですね。」
「えっと、地上のロボットをリモートコントロールしてとかじゃダメか?」
「ああ、不可能だってことはわかってます。何でもと言われたのでつい言ってしまったんです。」
「他にはなにかないか?」
「フフフ、いいですよ。まあ、できるなら無責任に核廃棄物残した昔の人に文句言ってやりたいですけど。」
「ははは、それは面白そうだな。そうだな20世紀中頃の原子力関係者に直接文句を言えたらさぞかしすっきりするだろうな。」
「でもやっぱり無理でしょ?」
「いや、必ずしもそうとは言えない。手がないわけじゃない。でもそのことは誰にも言うなよ。秘密だ。」
「秘密ですか?」
「ああ、秘密だ。メルトが秘密を守れるならどうにかなるかもしれない。」

少年は少し驚いた。
これまで遠い未来の話が続いていたのに急に過去の二十世紀の話題が出てきたのである。
少年は強い違和感を覚えた。
しかし、すぐ、マーガレットが保管している放射性物質が300年前のものだと言っていたことを思い出した。
メルトが20世期の人間に文句を言いたいのはわからないでもない。
しかし、いくら未来だからといって時間を超えて20世紀に戻ることができるのだろうか?
次の映像もトシヒコが映っていた。
「どうだ作業の方は?」
「みんなもう物覚えがいいからもう教えなくても何でもできちゃいます。優秀な後輩がいて助かりますよ。」
「そうか、それじゃそろそろ例の話を進め始めてもいいか?」
「例の話?」
「ああ、過去に戻って文句を言うという。」
「そんなこと本当にできるんですか?」
「不可能じゃないよ。必要な機材は2つ。量子情報保護フィールド発生器とエンタルピー反転カタパルトだ。どちらも重要規制対象機器だから置いてある場所は限られている。ここから一番近い場所は時間公安の上新町庁舎だ。」
「要するにそれがタイムマシンですか?」
「あ、お前、超空間物理学の時間論は苦手か?」
「そうですね。結構ちんぷんかんぷんかも。」
「正直だな。超空間物理学的には時間軸は可換性があるし、特別な存在ではないだろ?しかし、我々を含んだ全ての物体にとってはそうではない。超空間物理学的には物質は時間軸に拘束された平面波として捉えているだろ?言い方を変えると平面波の進行方向を時間軸と呼んでいるに過ぎない。要するに法線ベクトルだ。しかしそれは一様ではないし一つでもない。また周囲と切り離された波も存在する。だから人為的にその波を切り取って領域内の波を保護しながら領域自体に時間軸方向に加速すると互いに干渉せずに移動させることができる。しかし、移動に伴ってエネルギーは消費されやがて協調作用により波が揃う。だから、行き先を計算して切り取った領域を計算して加速させれば時空移動が可能になる。これが時間移動の原理だ。」
「ええっと…なんですか?」
「あ、とりあえず、時間移動には2つの機械が必要でそれは上新町にあるという事だけわかればいいよ。」
「上新町ですね。」
「ああ、そこでまず外に出なければならないわけだが、それには放射性物質搬入用遮蔽コンテナを使う。」
「でもあれは出入りするときローレベルデルタタイムスキャンをかけられますよね?」
「ああ、でもそのスキャンを管理しているのは俺だ。」
「でも全てのシステムは多重管理されてるでしょ?」
「大丈夫だ。すでに根回しは済んでいる。まあ、結局原因不明のトラブルで作動しなかったことになる。それなら奴らに類が及ぶこともない。」
「なるほど。」
「で、外に出たコンテナは自走式コンテナに積み込まれて移動することになる。で、そいつが何者かにオーバーライドされるわけだが、まあ、そこもすでに根回し済みだ。」
「なんだか犯罪の臭がしますね。それで上新町まで行くんですか?」
「町内まではな。残念ながら時間公安の手前にスキャナが設置されていてこれはどうしようもない。だからどうしても500メートルほど歩かないといけない。」
「まあ、それぐらいなら歩いてもいいんじゃないですか?」
「いや、普通の状態で歩くわけじゃないからな。急がないと警察に包囲される。」
「え?」
「あのなあ、一応言っとくが今からやろうとしていることは犯罪だからな。」
「あ、そうなんだ。」
「勝手に時間旅行しようっていうんだから当然だろ。第一時間公安が規制対象の装置を使わせるわけはない。」
「じゃあどうするんです?」
「奥の手を使うんだよ。」
そう言うとトシヒコはモニターを指さした。
モニターには銀色に輝くカプセルが映っていた。
「あれは?」
「精製プルトニウムの入った容器だよ。」
「そんなものどうするんです?」
「これを持ち出す。」
「え?」
「これを持ちだして、時間公安を脅すんだよ。」
「脅すって穏やかじゃないですね。」
「当たり前だ、時間公安が時間遡行を許したりはしない。これぐらい持ち出さないと話も聞いてくれないぞ。」
「でもさすがにそれは。」
「大丈夫、放射線は全く容器の外には出ないし。中身が飛び出すこともない。十分な強度があるから問題ない。」
「そういう問題かしら。」
「しかし他に方法がないんだ。無理強いするつもりはないが、うまく行けば大災厄の被害を少しは減らせるかもしれないぞ。初めの政策がほんの少し変わるだけでもその後の展開は大きく変わる。数千万の人間に影響が出ると思うぞ。」
「そ、そうなんですか。少し考えさせてください。それと、ひとつ教えてください。」
「なんだ?」
「何故ここまでしてくれるんです?こんな事しでかしたらあなたも無事ではすまないでしょ?」
「ああ、興味だよ。20世紀の人間がお前に説教されたらどんな顔をするか見てみたいんだ。いいだろ?」
「それだけ?」
「それだけだよ。俺は人間の歴史に興味がある。特に各時代の人間が何考えてたんだろうって所に興味がある。これだけ放射性廃棄物の山を見ていれば、こんな物作った奴らがどんな考えだったのか知りたくなるのも当然だろ。で、お前が一言言ってやりたいって言うからこれは乗らなきゃ損だと思ったんだよ。20世紀の人間が未来から来たアンドロイドに文句を言われるさまが見られるなら全てをかけてもいいと思ったんだ。酔狂だと思うだろうが、俺は結構真面目にそう考えている。いいだろ?」

けたたましいサイレンの音が聞こえる。
拡声器っぽい声がこだまする。
しかし画面は真っ暗だ。
「くそ、なんで警察の動きがこんなに早いんだ。」
「失敗したの?」
「いや、だが行進のギャラリーがものすごく増えてしまうだろうな。準備をしておけ。いきなり本番だ。」
「本番?」
「ああ、コンテナを開けばいきなり観客のどまんなかさ。お前はカプセルをかざしてついてくればいい。」
「近くに人間はいませんよね?だいぶ線量は下がってますけどあまり近いと。」
「心配するな。何故だか近接通信がブロックされていないから周囲の状況は把握している。10メートル四方に人間はいない。時間公安の庁舎までの進路も開けてあるようだ。それじゃ開けるぞ。」
急に光が差し込んだ。
コンテナが開くと、正面は誰もいない道路が続いているが、その両側には無数のロボットと人間がひしめいていた。
特に大型のロボットは以前見た土木用のロボットに似ているが、白色でショベルの代わりに白い円錐形の機械がついていて、円錐の先がまっすぐメルトたちの方を向いている。
「本当に驚いたんですからね。話が違いますよセンサーに近づくやいなや市警の軽強襲戦車が突然現れて高圧混成波砲向けて来たんですよ。いきなり粉砕されるかと思いましたよ。」
「すまんな。」
トシヒコは二人を運んできた中型の自走コンテナに謝った。
自走コンテナのサイズの詳細はわからないが、大雑把に分けて大型トラックサイズのもの、中型の乗用車サイズのもの、そして小型の幅が60センチぐらいのものがあるのは少年にもわかった。
小型のものは宅配や地獄の飛脚みたいにアンドロイドや小型ロボットと一緒に作業している。
大型や中型は自動車のように道路を普通に走り、長距離移動は貨物列車に載せられて運ばれているようだ。
メルトは目の前の中型自走コンテナに深々とお辞儀をした。
「私達のために怖い思いをさせてすいません。」
「いや、いいよ。あんたのためならこのくらい。それより早く行ったほうがいい。」
「ありがとうございます。」
そう言うとメルトは手に持ったカプセルを頭の上に掲げて、トシヒコの後ろについた。
「いくぞ。」
トシヒコの小さな一言を合図に二人は歩き始めた。
二人が移動し始めると、周りのロボットや警官たちは一斉に向きを変えた。
軽強襲戦車の円錐もずっと二人を追いかけている。
「すごいですね。」
「ああ、後ろからスナイパーも狙っているようだしな。」
「スナイパー?」
「ああ、振り返るなよ。右後方のビルの上からこちらを狙っている。たぶん市警の狙撃班だ。」
トシヒコがいい終わるやいなやメルトはいきなりふり返った。
周りから一斉にどよめきが聞こえた。
「ああ、振り返るなっていっただろ!」
「すいませんつい。驚かせましたか。」
「一番驚いたのはスナイパーだろうな。とにかく余計なことしないで静かにまっすぐ歩いてくれ。」
二人が黙って歩き続けると、重苦しい雰囲気のビルの前に来た。
全体的に威圧的なデザインになっていて、少年がよく知る入りやすそうな雰囲気のビルとはあまりにも違っていた。
窓は小さく鉄格子がついていて柱は太く壁は黒ずんでいて石のように見える素材でできている。
どう見ても要塞のようだ。
玄関には階段がついていて扉は開かれているが中の様子は見えにくくなっている。
二人が階段を登って行くと建物の中が見えてきた。
入ったところは天井の高いホールになっているようだ。
「何があっても動揺するなよ。常に落ち着いているふりをしろ。」
トシヒコは小声で言った。
「はははは、脅かすつもりはないんだがな。」
どこからともなく中年男性の声が聞こえてきた。
姿は見えない。
二人は建物の中に入った。
中に入った途端外から見えない両側の壁の所に戦車が控えていた。
外の戦車とはだいぶデザインが異なり、深い緑色に黄色い真っ直ぐなストライプが入っていた。
この戦車にも円錐形がついていたが、小さく、下の方に2つついているので昆虫の牙のように見える。
他にも兵器らしい機械がいくつかついているがそれがどんなものか少年には想像も出来なかった。
「脅かすつもりがないなら戦車の超流体タービンの気化装置にプロトニオン流すのやめてくれませんか。」
トシヒコの言葉は静かなホールの中に響き渡った。
「随分神経質だな。」
「ジェイティテンティピーエル時間公安仕様の強襲戦車。高圧混成波砲は二門で通常モデルの230倍の出力。フェムトウェーブ発振器も10倍の出力でしかも偏向発振が可能。広角磁場シールドも高速回転が可能。他にも規制が緩いだけに何が仕込まれているかわかったものではない。しかし、強力な破壊兵器を使えば容器を破壊してしまう恐れがある。なら考えられる危険は跳躍用超流体タービンの噴射ぐらいだろ。しかしな、それは無駄だぞ。このメルトは腕が引きちぎられても容器を離したりはしないぞ。」
「ははは、それは初めからわかっている。俺も昔からメルトさんのファンだからな。しかし君は耳がいいな。静音設計になっているはずなんだが。それは通常警備体制だ。ここにやってくる奴は行儀の良いものとは限らん。いつ外に飛び出さなければならなくなるかもしれないからな。でも、建物の中では噴射しない。そんな事すれば内装が痛むんだよ。」
「それを信じろというのか?」
「信じる信じ無いは勝手だが、今の段階で噴射してないだろ?入ってきた瞬間を逃していつ噴射するんだい?」
「それはそうかもしれないな。」
トシヒコとメルトはホールを奥に進んで階段の前に来た。
階段は幅が広く踊り場でふた手に分かれて折り返して上の階に登っていく古臭い設計になっている。
踊り場には一人の中年男性が立っていた。
「フフフ、よく来たな。」
「何しに出てきた?装置の場所はわかっている。案内はいらない。勝手にいかせてもらうぞ。」
「ははは、なんで案内などしなければならない。さっきも言ったが俺はメルトさんのファンなんでな。最後に直接会っておきたかったんだ。」
「勝手にしろ。」
トシヒコはずんずん階段を登っていった。
メルトも後に続いたが男の近くで距離をとって遠回りした。
「あの、近づくと被曝しますよ。距離をとってください。」
「ああ、それは残念だな。もう少し近くで見たかったのに。」
そう言うと男は二人から少し距離をとってついてきた。
やがて二人は開け放たれた大きな扉の前に出た。
「ここが装置の置いてある部屋だ。」
トシヒコは躊躇なく中に入った。
メルトもすぐに続いた。
中には巨大な配管やよくわからない装置がたくさん置いてあった。
「どうやら超流動体が回り続けているようだな。」
「当たり前だ、いつ緊急出動があるかわからないんだ常時出動に備えてスタンバイしている。業務に支障が出ているんだよ。ちょっとは自覚してくれないかな。」
「システムのコントロールはもらうぞ。メルト真ん中の台に乗れ。」
急にサイレンがなり装置が動き始めた。
中央には円形の台がありメルトとトシヒコはそこに乗った。
「よし、カタパルトのセットアップ完了。フィールド展開開始。」
男は何もしないで見ていたが、準備が完了すると話しかけてきた。
「メルトさんはこれでいいのかね?」
「あの、お願いがあります。」
「なんだ?」
「向こうについたら、誰にも見つけられないようにこの容器を隠してビーコンをつけておきますからすぐに回収してください。」
「ああ、もちろんだ。」
「おねがいします。こんな物が悪い人の手に渡ったら大変です。」
「ああ、そうだな。でも、時間公安を脅すような大悪人がそうそういるとは思えないけどな。」
「ごめんなさい。信じてもらえるかはわかりませんが誰も傷つけるつもりはありません。むしろ多くの人を救いたいんです。それだけが私の願いです。」
「ああ、それはわかっている。昔からファンだからな。」
「ファンという事は、あの中継を見られたんですか?」
「ん?中継?ああ、なんか話題になってたな。何か騒ぎになるよな発言をしたらしいな。興味がないから見てないけど。」
「え?ファンなのに見てないんですか?」
「ああ、悪いなああ言うのは興味ないんだ。ファンだがああ言うのは好きじゃない。」
「え?」
「それに今回のこともまずい。そんなもの持って権力に逆らえば理由はどうあれテロリストだ。テロリストの要求は飲めない。残念だが君の願いを叶えてやることはできない。」
男が言い終わる前に、ブウォンと音がして周りが真っ白になった。


最終章 2012年

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