2013年9月20日金曜日

第13章  預言


リボンによく似た格好のロボットが三体並んでいる。
「あの、私達リボンねえさんみたいにはいきません。とてもじゃないけどあそこまでいい仕事はできないです。」
「いいんです。リボンちゃんはたしかにすごい腕前だったけど。でもだからってみなさんが役に立たないなんてことあるわけないじゃないですか。」
「そうかも知れませんが。」
「手をつなぎましょう。」
「手をつなぐ?」
「ああ、だから前足どうしをこうひっつけて。輪になって。ほら。」
ロボットたちは前足のボールをそれぞれつないで輪になった。
メルトはロボットたちのつないだボールに手を当てた。
「できる限りでいいんです。みんなで力を合わせればできないことなんてありません。」
メルトはゆっくりと手を上下させた。
しばらくするとメルトは手を大きく振ってボールから離し、パンと手を打った。
「じゃあ、おねがいしますね。」
周りは作業現場で、多数のロボットが作業していた。
リボンによく似たロボットたちも作業の中に入っていった。
「お前相変わらずだな。」
近くにマーガレットが立っていた。
「6時間ほど時間ができたから手伝いに来てやったぞ。しかし大丈夫か?」
「大丈夫って何が?」
「何がって、お前。こんなに大勢見てるの大変だろ?」
「見てるだけですよ?」
「見てるだけって。まあいい、なにかできることはあるか?6時間しかないからそれ以内でできるような作業ないか?」
「それじゃあ、これ貼るの手伝ってください。」
そう言うとメルトは丸いシールが10個ほど連なったシートを取り出した。
見たところ少年もよく知る普通のシールのように見えた。
「シール型端末じゃないか?」
「専用電子頭脳を開発していると時間がかかるので、これを連携させて動かすシステムを開発したんです。いま十万個ほどとりに行ってもらっています。」
「お、地獄の飛脚じゃないか。」
マーガレットの見ている方を見ると一台の自走式コンテナが向かってきた。
自走式コンテナなんて見た目どれも変わらないのにマーガレットには見分けがつくようだ。
地獄の飛脚は二人のところまで来ると蓋を開けた。
中には大量のシートが詰まっていた。
「すごい量だな。」
「まだまだですよ。最終的には200万枚貼ることになります。」
「そんなにたくさん?」
「ええ、でも便利ですよ。貼る横からセットアップしていって作業の指示やチェックに使っていますから能率がいいんです。」
「それ大変だろ?」
「え?そうですか?負担分散してるから楽ですよ?」
「楽って、分散しても全体を統合しないといけないだろ?」
「それはそうですけど。それぐらいなら大したことは。」
「あー!!わかったわかった!お前に何言っても無駄ってことがよくわかったよ。少なくとも私にはそんな芸当はとてもできない。」
そう言うとマーガレットはシートを一枚手に取るとシールを一枚剥がしメルトの額に貼りつけた。
「どこに貼り付けてるんですか?」
「お前の頭の中がどうなってるかスキャンしようかと思ったんだ。」
「毎日精密検査してるからそれ以上のものは見えませんよ?」
「ああ、それもそうだな。」
そう言うとマーガレットはそっとメルトに抱きついた。
そしてメルトの後頭部をなでた。
「どうやらオーバーヒートはしてないようだな。」

「しかしすごいことだな。」
正面のモニターには所長が映っている。
どうやら詰所のようだ。
「私は私の仕事をしたまでです。」
「それがすごいことだと言うんだ。世の中、口ばかりで何もしない奴ばかりだ。君のおかげで国際公約が達成できるめどがたった。それはすなわち独立のめどがたったと言ってもいい。これはとんでもない快挙だぞ。」
「私一人の仕事ではありません。」
「そうかもしれないが、しかし君がいなければありえなかった成果だろ。中継ではもっと胸を張って私がやりましたという態度で望むんだぞ。もうじき撮影スタッフがそちらに着く。」
「皆さん被曝してしまいます。」
「いや、ちゃんと遮蔽スーツ着てるから大丈夫だよ。」
扉が開いてトシヒコとマーガレットがもこもこの白い服を着た一団を連れて入ってきた。
白服たちは目のところだけが黒いゴーグルでそれ以外は全て白かった。
トシヒコは白服の一団となにか話していた。
マーガレットはメルトの所にやってきた。
「人間が撮影するならシートをかぶったほうがいいかしら。」
「この子は何言ってるのよ。顔を出さないとダメじゃない。首から上は全部出す。」
マーガレットはメルトのシートを整えた。
「本当なら全身見てもらいたいところなんだけど。嫌なら首から上だけでもいい。顔隠すなんてありえないから。」
「そうは言ってもまだかなりの線量が出ています。」
「だから、スタッフにはあまり近づかにように言ってるから。こちらで影響のない距離を指示するから大丈夫。」
「すいません。いいですか?」
見ると白服の一人が近づいてきた。
「あ、そこまでにしてください。」
マーガレットは白服の足元を指さした。
「え?私の線量計はまだ十分余裕がありますけど?」
「今日の主演女優が嫌がるんです。そこまでにしてください。」
「わかりました。」
白服はその場で立ち止まった。
「それではここから説明させてください。」
白服は手に持ったボードに目をやりながら話し始めた。
「えっと、それでは大雑把な流れから。まずはじめに鈴木議長のお話が入ります。それからえっと、メルトさんのお話が入ります。以上です。」
「いくら何でも大雑把過ぎないか?」
マーガレットは白服をにらみつけた。
「ああ、大丈夫です。司会はプロです。議長のお話は原稿ありますけど、メルトさんは司会の方から誘導するのでそれに答えてくださるとうまく流れができるというか、まあそんな感じで。」
「そんな感じって、どんなかんじだよ。」
マーガレットはますます機嫌が悪くなった。
「ですから、めでたいことですので、雰囲気を盛り上げるようなことを言っていただければ、まあどんな話でも司会がプロですからうまく持って行ってくれるから心配ありません。」
そうこうしているうちに他の白服たちも集まってきて準備を始めた。
ある者は板状のものを手に持ち構え。
ある者は竿のようなものを振り回した。
中央にはカメラらしき機械が設置された。
カメラらしきといったのは、それが少年の知るカメラとは似ても似つかぬものだったからである。
なにせ普通のカメラのレンズの位置にピンク色の砲弾型のカバーのようなものがついている。
あれでどうやって撮影するのか原理がさっぱりわからない。
やがて正面のモニターに司会らしい人物が写って、どうもリハーサルを始めたようだ。
しかしいまのところメルトはほったらかしだ。
やがてカウントダウンが始まり、番組が始まったようだ。
「全国の皆さん、もうすでに皆さんご存知のように大変な快挙です。」
司会の男性はなめらかな口調で快挙をたたえてた。
「それではまず、暫定自治政府の鈴木議長から一言いただけますでしょうか?」
モニターには恰幅のいい老人が映りなにか話し始めた。
それと同時に白服たちの動きが活発になった。
「次こちらに回ります。準備してください。」
マーガレットはメルトの耳元で「頑張れよ。」と小声で言って、隅にはけていった。
「いいですか、議長の話が終わったらすぐこちらに来ますから。」
モニターに司会が映った。
「それではみなさん。紹介したい方がいます。今回の功労者です。その方はなんとアンドロイドなんです。それではご紹介しましょうメルトさんです!」
その瞬間正面のモニターにメルトが大写しになった。
「メルトさん今回は大変な快挙でしたね。」
「私はメルトです。えっと3月6日生まれです。」
「今回大変な快挙だったんですけどこの栄誉を誰に伝えたいですか?」
「リボンちゃんですね。」
「リボンちゃん、見てますよ!」
「リボンちゃん事故で噴出流に飲まれて消えてしまいました。私をかばってくれたんです。」
司会は表情を変えず、間髪入れずに次の言葉を発した。
「そうですか。えっと、今回のことは大変な快挙です。メルトさんのおかげで国際公約も達成のめどがたった。日本が再び独立できるかもしれない。これは21世紀後半のあの大災厄以来この国が歩んできた苦難の道のりに終止符を打つかもしれない。200年以上ですよ!二百とうん十年。この苦難を終わらせるかもしれない大変な快挙です。今、日本じゅうの人が見ている。みんな感謝している。メルトさんがこれだけのことを成したのはどんな気持ちで取り組まれたのか?それをみんな聞きたいんですね。メルトさんはどのような信念で取り組まれたんでしょうか?」
「信念ですか。えっと、人類が太陽系の外まで進出してはっきりしたことがひとつあるじゃないですか?」
「いきなり話が飛びますね。」
「いえ、大事な話です。地球から離れればそこは強力な宇宙線が飛び交う世界。改めてはっきりしたのは、地球がかけがえのない環境だということ、厳重に守られた環境だという事。まさに小さな家のようなもの。その守られているはずの家の中で日本の、いえ世界中の子供たちが人口放射線の脅威にさらされているなんて私には我慢できません。」
白服の向こう側で笑顔で飛び跳ねながら手を振るマーガレットの姿が見える。
司会は動揺した様子で慌てて言葉を絞り出した。
「えっと、メルトさんはとてもお美しいですがちょっと見えにくいですね。スタッフの皆さんもう少し寄ってください。」
白服たちは言葉に押し出されるように前に出てきた。
バリバリ!と音がしてモニターの画像に白い筋が走った。
メルトは後ろに飛び下がり慌ててシートをかぶって頭を隠した。
「すいません。近づかないでください。事故で放射化してるんです。」
司会の顔にはもはや隠し切れない困惑がうかんでいた。
それでもすぐに笑顔を作って甲高い声を上げた。
「そ、それでは識者の声を聞いてみましょう。」
すぐにモニターの映像は切り替わった。
その後も白服たちはスタンバイし続けたが、番組終了までメルトの出番は二度とまわってくることはなかった。
番組が終わり白服がマーガレットに引きつられて撤収するとトシヒコが近づいてきた。
「おつかれ!」
「お疲れ様です。私はなにか間違ったことを言ってしまったんでしょうか?」
「とんでもない。お前は正しいことを言ったんだ。ただ人間たちの期待した答えと少し違っていただけだ。気にするな。」
「そうですか?」
「俺はどちらかと言えばお前のほうが正しいと思う。人間たちだってそう思ったものは少なくないはずだ。」
「そうだと嬉しいのですが。」
「自信をもて。お前は誰も想像することさえ出来なかったことをいくつも成し遂げている。まさに奇跡だ。まだそのことに気づくものは少ない。しかし、いづれ多くの人々がそのことを知ることになるだろう。」


第14章 企み

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