2013年9月20日金曜日

最終章  2012年


気がつくと二人は潅木のしげる丘の上にいた。
足元は脆い風化した砂地で、あまり足場は良くなかった。
遠くには山と海が見えその間には町が広がっていた。
少年には見慣れた風景だが、これまで見てきた24世紀の町に比べると高いビルが目立つ。
「クソ!やられた!」
トシヒコは悔しそうに頭を抱えていた。
「どうしたんですか?時間移動は成功したんじゃないんですか?」
「時間公安め!どこまで汚いんだ!ここは20世紀じゃない!21世紀だ!それも2012年だぞ。まんまとしてやられた!」
「2012年?少しずれてるけど2012年だと問題があるんですか?」
「ああ、大問題だ!くそ、テンソル解析が少しおかしいと思ったらデータをいじられてたのか!やられた!」
「いくら悔しがってももう手遅れでしょ?どうして2012年だと問題なんですか?」
「ああ、そうか知らないのか、えっと昔ヒノモト天誅党の話はしなかったか?」
「名前は聞いたような気がしますけど。」
「それじゃあまずこれを見ろ。」
そう言うとトシヒコは手を横に振った。
すると目の前に画面が現れ映像が映った。
「あ、サンシロウ博士。若いですね。」
若いサンシロウは聴衆の前で演説しているようだった。
『社会を効率的に再編成して産業を発展させようという考えは我々に何をもたらしただろうか?産業は人のためにあるのであって、人が産業のためにあるのではない。ロボットが人を殺すのは事故ではないし、機械に殺されるのでもない、人に殺されるのである。これこそ産業主義の罪だ!』
聴衆は一気に盛り上がった。
サンシロウの隣には一人の男が立っていた。
二人は手を取り合って聴衆に答えた。
「サンシロウの横にいるのがヒノモトテルモトだよ。超空間物理学の時間理論の専門家で時間公安の発足メンバーでもある。その後サンシロウと共鳴して行動を共にするようなり、二人は反産業主義派と呼ばれるようになる。だがそれも長くは続かなかった。」
映像が変わった。
ヒノモトテルモトは大勢の人間に囲まれていた。
『21世紀後半のあの悲劇以降日本がたどった道はありえた可能性の中で最悪の道だ。これ以上悪くなりようはない。最初の悲劇の直後に軌道修正していればこのような悲惨はなかっただろう。最小の犠牲で大きな悲惨が除かれるのならその元凶を断つべきである。福島事故直後に災厄の元凶を殺害しないまでも瀕死の重傷を追わせればその後の歴史は大きく変わるだろう。』
『ですがお友達のアワキシ博士は意見が違うようですが?』
『彼は自分の信念に従っただけ。私にも私の信念がある。彼がなんと言おうがそれを曲げるつもりはない。』
「あの、重傷て言いましたよね?人に怪我させるってことですか?」
「ヒノモトテルモトは災厄の元凶に天誅を加えよと言ってヒノモト天誅党を旗揚げしたんだよ。まあ続きを見ろ。」
時代劇の侍のような姿をした一団が映しだされた。
時代劇の一団は警官隊ともみ合いになっているようだ。
『本日市警の強制捜査により、古式製法の日本刀300振りが押収されました。』
『凶器としての破壊力は限られますが、ヒノモト天誅党の主張を考えるとこれはとても危険な兆候です。時間公安はいつ動くのでしょうか?』
「あの暴れているのが第三世代ハイパーニューロン自己形成アンドロイドだよ。彼らの多くが天誅党に加わったんだよ。」
大きな和風の屋敷の門の前に一人の男が立っている。
『ええ、今朝突入した市警・時間公安合同捜査チームなんですが、どうやらもぬけのからだったようです。まだ詳細は明らかにされていませんが中には何もないとのことです。』
記者会見のような映像が映った。
真ん中に座っているのはさっき二人を送り出した時間公安の男に似ている。
『ええ、それでは発表いたします。本日の強制捜査で発見した男の遺体ですが、天誅党党首ヒノモトテルモトと確認されました。時間公安はヒノモトテルモトの死亡を確認しました。それ以外の党員はすでに2012年に時間遡行したものと考えられます。繰り返します。時間公安はヒノモトテルモトの死亡を確認しました。』
「この人また悲しんでる。顔に出せばいいのに。」
「そういうわけにはいかないんだろ。立場的に。というか問題はそこじゃないだろ?」
「え?」
「ヒノモト天誅党の党員たちが日本刀を持って集団で2012年に時間遡行したという事。彼らの目的は大災厄の元凶を暗殺すること。」
「なんでそんな乱暴な話になっちゃうのかしら。」
「困ったことに、奴らは剣術の達人、居合の達人もいる。サンシロウも何考えて設計したんだか。」
「剣術。」
「ああ、時間公安も未来の道具なら追跡しやすいんだが、古式製法の日本刀なんて追跡しにくい。しかも奴ら自身もアンドロイドなのにセンサーに引っかかりにくいらしい。」
「そうなんですか?」
「ああ、我々アンドロイドはこの時代にはありえないものだから、センサーに探知されやすいんだよ。でもあいつらは何故だか探知されにくいみたいだ。」
「頭が古いからかしら?」
「まさか、まあしかし他に思いつく理由があるわけじゃないけど。」
「彼らはこの2012年に来ているという事?」
「ああ、だから問題なんだよ。誰が狙われるかわからないから、メルトが文句言いたい相手にはみんな時間公安最強の猛者が張り付いている。タイムトラベラーが接近するなんて不可能だ。」
「そうなんですか。」
「噂では特別許可を受けてとんでもない化物を投入しているらしい。多分大出力DOWだろうな。あれならピンポイントでどんなものでも探知・破壊できる。それこそ世界最強といって派手に宣伝しているパワースパーク360だって木っ端微塵だ。」
「それはまずいですね。」
「ああ、残念だが。時間公安もそこを考えて俺達を2012年に送ったんだろうな。この年なら俺達にできることは何もない。」
「そうかしら?時間公安が張り付いているのは一部の人達だけでしょ?天誅党や時間公安にマークされていない人になら接触できるでしょ?なにかできるんじゃないですか?」
「それも実は難しいかもしれない。時間公安の目が光っている中でこの時代の人間に影響を残すのは難しいだろうな。」
「え?だって乱暴狼藉を働こうと言うんじゃないんですよ?少しお話しましょうってだけですよ?」
「サンシロウや時間公安がヒノモトテルモトに反対したのは人を傷つけるからじゃない。歴史を変えようとしたからだ。」
「?」
「ああ、24世紀の技術規制体制がどうやってできたか知らないのか。21世紀の大災厄の影響が大きいんだ。規制なんてみんな嫌がるものだが当時の日本の惨状をみて誰も反対できなかったんだよ。あれがなければ国際的な技術規制体制だけじゃなく軍事や経済に関わる広範な規正体制は築けなかっただろう。」
「それは、日本が犠牲になったから24世紀があるという事ですか?」
「まさにそのとおりだな。22世紀初頭には超空間物理学が再発見される。中学生にも地球が破壊できると大騒ぎになったんだ。もし規制体制がなければ冗談抜きで近所の中学生が面白半分で作った爆弾で地球が吹き飛ばされていたかもしれない。」
「まさか。」
「いや、まさかなんて言ってられない。いいか。二十世紀や二十一世紀初頭の人間は冗談抜きで隣の国を焼き払うだけの力がないと安心して暮らせないと考えていたんだ。」
「そんな事みんなが考えてたらみんな護身用に爆弾抱えて生活しないといけないじゃない。」
「まさにそのとおりだよ。この時代世界中に、地球を何度も焼き払えるだけの爆弾が配置されているんだ。」
「いや、それかえって怖いでしょ?この時代の人何考えてるの?」
「ああ、しかもこの時代超水爆じゃなくて旧式の原爆や水爆だからな開発製造保持には莫大な予算が必要。多くの資源がそれに使われていた。その一方で多くの人々が飢餓や貧困に苦しんでたんだ。」
「そんなの誰も疑問に感じなかったの?」
「この時代、そんな疑問を口にすれば非現実的だと言って非難されたんだよ。確かに隣の国が攻めてくるかもしれない。隣の国が爆弾持ってる。そこだけ考えればそうなのかもしれない。」
「そこだけって!それあまりにも馬鹿げた考えでしょ?村じゅうみんな爆弾持ってる村なんて住みたくないでしょ?解決策は村から出ていくか、村じゅうの爆弾をなくすかの2つしか無いでしょ?隣のおじさんがヤケを起こしたらふっとばされるかもしれない村なんて怖くて住んでられないでしょ?ああ、考えただけでもムカムカしてきた!いくら何でも馬鹿すぎよ!」
「まあそう怒るな。この時代の技術水準なら国家規模じゃないと核兵器は作れない。だから何とかなっていた。こんな状態で超空間物理学の知識が広がらなかったのは人類にとって幸運だったとしか言いようがないな。そうでなければ確実に死滅していただろうな。」
「だから日本の犠牲が必要だったったと言うんですか?そんなの想像力があればわかるでしょ?そのために誰かが犠牲になる必要があるんですか?」
「想像力。そうだな、俺も人類が生き残るには想像力が必要だと思う。だが残念ながら歴史はそうならなかった。」
少年はこれまでにない衝撃を受けていた。
二人は少年の住んでいる世界について話している。
二人の考え方や物の見方は少年がこれまで接したことのないものだ。
学校でもテレビでもこんな話は聞いたことがない。
正直想像すらしたことのなかったものだ。
あたりは次第に暗くなってきた。
街灯もつきはじめた。
「とても綺麗ね。ものすごく繁栄しているようね。」
「ああ、減少に転じているとは言えこの時代日本の人口は一億を越えているからな。」
「一億以上?本当に?2300年にやっと三千万まで回復したと言って喜んでたのに。」
「ああ、この時代の人間にはその自覚はないが、これほど日本が繁栄した時代はない。」
その時、丘のふもとを貨物列車が通過した。
「ちょっと、何あれ?暴走してる!危険じゃないの?大丈夫かしら?」
「ああ、この時代はあれが普通だ。」
「でもものすごく大きなきしみ音がしてますよ。どう考えても台車が壊れてるんじゃないんですか?」
「ああ、ある程度しかたないんだよ。この時代は左右の車輪が車軸でつながってるからな。カーブで音がするのは仕方がない。全車輪が独立トルク制御されてる24世紀の鉄道とは完全に別物だよ。」
「揺れ方も、あれ限界越えてるでしょ?」
「脱線しないようきちんと考慮されている。問題ない。」
「随分この時代の鉄道会社をかばうのね。あんなので核廃棄物の容器を運ばれたりしたらと思うとゾッとする。」
「いや、さすがにこの時代でもそういうものを運ぶときは減速するよ。」
「でも、あそこまでスピード出す理由はないでしょ?」
「いや、この時代には大ありなんだ。」
「どんな理由?」
「経済的なものだ。スピードを出せば出すほど利益が出るんだ。そういう仕組みになっているんだ。」
「なんですかそれ?」
「まず、速いほうが競争力がつく。他の輸送手段より時間的に優位に立てる。それに減価償却、維持費や人件費も少なくて済む。この時代はこういうのが重視されていたんだ。」
「それはもしかして、なんでも酷使してどんどん磨り減らせば儲かるという話?」
「まあそんなかんじだ。24世紀では考えられない話だけど。」
「まさかと思うけど。そののりで放射性廃棄物を量産したんじゃ…。」
「ああ、そのまさかだ。産業や金融の構造的な問題だな。」
「後の悪影響とか資源の浪費とかは気にならなかったのかしら?」
「24世紀の感覚だとそう感じるけど。」
「いえ、そんなの何時の時代だって同じでしょ?それこそ採集や農耕がはじった頃だって同じはず。猟場に獲物がいなくなったり、土地が痩せて作物ができなくなったりしたら困るでしょ?」
「目先の利益を積み上げたがるのも昔からだけどな。」
「そんなものいくら積んだって崩れるだけよ。なんだか賽の河原の石積みみたい。」
「うまいこと言うな。まあ何言った所で24世紀から来た我々は結果を知っている。だからおかしいと言えるけどこの時代の人たちは至る結果をまだ知らない。」
「少し想像してみればわかりそうなものなのに。」
「人間の想像力は都合のいい方向に向けられる傾向があるんだよ。なかなか目の前が崖っぷちじゃないかという方向には向かない。」
「本当にこんな時代に超空間物理学の知識が広がらなかったのは幸運ね。」
「ああ、2012年なら超空間物理学の生みの親はまだ生きているけど。晩年の記録が全くないからな。この空の下、どこかにいるんだろうな。」
「え?この時代に超空間物理学があったの?」
「超空間物理学は20世紀に生まれて22世紀に再発見された。常識だろ?」
「22世紀の超空間物理学革命ってところしか頭に無いです。人類史上最大の科学革命ってことしか。」
「相変わらず関係ない知識が抜けてるな。まあ、生みの親と言っても奇跡的に残された数篇の論文だけなんだけどな。」
「たった数篇。」
「ああ、それでも世界を変えるには十分だ。しかしもうひとつ残されていたものがあった。」
「何?」
「これだよ。」
トシヒコは何かを投げる仕草をした。
すると画面の中に絵がうかんだ。
色鉛筆で書かれた絵だ。
中央で二人の女の子が手をつないでいる。
「絵本?」
「そうだよ。22世紀に発見されたんだ。作者は筆跡から超空間物理学の生みの親と同一人物だと判明した。」
「同一人物?」
「持ち主は祖母から譲られたらしい。その時伝えられた話だと。その祖母の幼少期に近所に住んでいた一人暮らしの老人にもらったそうだ。おそらくそれが超空間物理学の生みの親だ。伝えるところではとても孤独で貧しかったらしい。身寄りもなく、亡くなったときは行政が火葬したそうだ。部屋には大量の数式を記した紙があったそうだが全て焼却したそうだ。証言などから推定すると亡くなったのは2015年頃らしい。この絵本は2013年ごろに書かれたらしい。ちょっと読んでみろ。」
メルトはページをめくっていった。
ストーリーは未来世界に住む二人の女の子の友情を描いたものだった。
一人は気が強く、いたずらをするロボットを叱りつける。
もう一人は優しくて、壊れたロボットを見て泣いていた。
そこにはとんでもなく小さくて高性能なコンピュータや、ものすごく高精度なセンサーや、超流体超電導高密度燃料とそれを使ったエンジンや推進器高性能電池、壁部張り付くタイヤと無接触軸受、光速をはるかに超える速度で大容量通信を可能にする通信機など少年にはすでに見覚えのある技術が出てきた。
そして最後に二人は何者かが作った地球を破壊できる爆弾を発見し大人たちに通報した。
見事犯人は捕まり、爆弾は回収され二人は”いくら技術があっても地球と友達は作れないよね”と語り合って話が終わった。
「超空間物理学が再発見された頃、生みの親はそれが何を意味するか理解していなかったという説が有力だったんだが、これが出てきて一気に覆ったんだ。」
「ちゃんと未来が見えていたんですね。」

「ビーコンは一時間後ぐらいに作動させればいいかな?」
「もっと早く出来ませんか?」
「いや、時間がないと逃げられないだろ?」
「それもそうなんですけど、早く回収してもらわないとなにかあったら大変です。」
「それはそうなんだが。一時間ぐらいなら問題ないだろ?」
メルトとトシヒコは掘ったばかりの穴の前でなにか相談している。
「うーん、それならこうしよう。メルト先に逃げろ。」
「え?」
「俺はお前が十分離れてからビーコンを作動させる。」
「離れ離れになるんですか?」
「はは、寂しいか?しかしそうでもしないと追跡はかわせない。俺が少しばかり偽装工作してセンサーに二人でいるように見えるようにするからその間に逃げるんだ。」
「そんな。文句を言われる昔の人の顔を見たかったんじゃないんですか?」
「ああ、そうなんだがこうなってしまっては仕方がない。どうにかしてお前がこの時代の話のわかる人間と接触することが最優先だ。」
トシヒコはそう言うとまた何かを投げる仕草をした。
画面に何かのデータが表示された。
「そいつはこの時代で、この近辺で、時間公安にマークされていないと考えられる重要人物のリストだ。性格に関するデータがないから話を聞いてくれるとは限らないが参考にしてくれ。」
「わかりました。色々していただいてありがとうございました。」
「いや、礼を言うのはこちらのほうさ。前にも言ったろ?お前はいくつも奇跡を起こしてきた。それを間近で見ることができたのは幸運だった。ありがとう。君と仕事ができて幸せだったよ。さあもう行きなさい。」
メルトは何度も振り返りながらその場を後にした。

「ああ、まさか出張中だなんて。」
どうやらメルトは茂みの中に隠れているようだ。
近くに水面が見えるがどうも溜池のようだ。
「もうあまり時間がないと思うんだけど。」
その時、あの感情のない声が聞こえてきた。
「緊急自己診断システムが自動起動しました。現在検査中。検査中。検査終了。計算中。計算終了。作動限界が近づいています。終了シーケンスを開始してください。関連法規データロード。関連マニュアルデータロード。現在変則状態につき通常プロセスを遂行できません。次善策を講じてください。機能停止予測日時は…」
「ああ、チャンスは明日だけか。何とかなるかな。」
メルトは水面を見つめた。
「ああ、それともうひとつ。放射性物質をそのへんにほったらかすわけにはいかないわね。」
画面に静止画が表示された。
「一応候補はここかしら。やはり放射性物質は管理施設にないと。ここなら時間公安も見つけ易いだろうし。」
そこで映像は終わり直方体の列が現れた。
「最終データ再生終わりました。」
少年はゆっくり指を離して円盤を机の上に置いた。
少年は時計を見つめて、さっき聞いた日時が近づいていることを確認した。
少年にはメルトが候補にあげていた場所に見覚えがあった。
毎年イベントに行っている近所の大学の研究施設だ。
施設の敷地には池があり禁止されているが時々ザリガニ釣りに行っていた。
「そんな馬鹿な。」
少年には信じられなかった。
でも鼓動は高鳴っていた。
全身の毛は逆立ち手の震えを止めることができなかった。
もう夜中だったので、少年は静かに家を抜けだした。
少年はこれまで夜中に家を抜けだしたことはなかった。
道に出ると思いっきり走り始めた。
しばらく走ると突然立ち止まった。
「未来のアンドロイドなんているわけないじゃないか。」
少年は自分の口から出た言葉に驚いた。
周囲を見回して、物音一つしないのを確認した。
そして再び走り始めた。
しばらく走ると穴の空いたフェンスの前についた。
ザリガニ釣りに行く時に使う通り道だ。
池の端を通って施設の方に登って行くと少年は異変に気がついた。
夜中なのに大勢人が集まっているのである。
不審に思った少年は見つからないように建物の影から近づいた。
よく見えないが屋外で照明がつけられ白ずくめの一団がなにかしているようだった。
その時少年は背後から声をかけられた。
「きみ、こんなところで何をしてるんだ?」
振り返ると昼間の黒ずくめの二人が立っていた。
その時、男の携帯電話が鳴った。
「なんだ?何?施設の人間が怪しんでるだと?適当に誤魔化せ!何?そんなこともできないのか!すぐ行くから待ってろ!」
男は乱暴に電話を切った。
「守衛と揉めてるらしい。ここは任せる。」
男は女性にそれだけ言って足早に去っていった。
女性は少年に近づき、笑顔で声をかけてきた。
「きみ、名前は?」
「あ。」
少年はまともに答えることはできなかった。
「どうしたの?ひどく怯えているようだけど。何かあったの?」
「いえ。」
「何か隠してるの?怖くないから言ってみなさい。」
「…」
「どうしちゃったのかしら?ひどく興奮して。怖がってるのとも違うようだし。」
そう言うと女性は少年の頭を優しくなでた。
「さっき少し見えたんだけどポケットに何入れてるの?」
少年はハッとした。
そう言えば例の円盤をポケットに突っ込んできたのだ。
そこそこ大きいのでポケットはふくらんでいる。
少年がどうにかごまかせないかと思案していると、女性は急に白ずくめの一団の方を向いた。
少年はチャンスだと思いポケットから円盤を取り出した。
「それは何かしら?」
女性が振り返りもしないで声をかけたので少年は驚いて円盤を落としてしまった。
「あ、これ!」
女性が円盤を見て驚いているのは少年にもわかった。
女性は素早く円盤を拾い上げなにか調べていた。
「ああ、良かった。放射能は無いようね。あの子、これは遮蔽容器に入れていたのね。」
女性の様子が急に変わった。
急に優しい少し悲しげな雰囲気になった。
素に戻ったという感じだ。
「もしかしてあなたこれを見てここに来たの?」
少年は何も答えなかった。
「そう、見てしまったのね。残念ですがあなたは今後私達の監視下に入ります。一部行動も規制されるでしょう。」
女性はまた少年の頭をなでた。
「申し訳ないとは思うけど、大人の事情で仕方がないのよ。法規で決まっている以上どうすることもできない。」
態度の変わった女性を見て少年はハッとした。
細かい仕草や話し方がどこかで見たことがあると感じていた。
「こんな大事なものを落とすだなんて、あの子、最後まで何やってるのかしら。」
キツカだ。
目の前にいるのはキツカだ。
少年は確信した。
完全に人間に化けるために姿や声を少しいじっているようだが、しゃべり方や仕草はキツカに間違いなかった。
「機能停止確認。」
「よーし遮蔽容器が来たから道を開けろ。」
急に白ずくめの一団の動きが慌ただしくなった。
白ずくめは左右に分かれて小型クレーンが釣鐘型のカプセルを吊るして前進していった。
その先にはシートでくるまれた何かがあった。
女性は急に少年を抱きかかえた。
少年は驚いたが、なんとか体勢を維持して様子を見ていた。
「邪魔だシートを外せ。」
シートが引っ張られて取り除かれるとそこには足を抱えて座る女の子がいた。
少年はキツカがわずかに震えているのを感じた。
二人はメルトが容器に収容されるのをじっと見ていた。


少年は今も時間公安の監視下にいるらしい。

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