2013年9月20日金曜日

第12章  地底の太陽


「それは一体どういうことですか?」
正面のモニターにはキタ副主任が写っている。
両側にはトシヒコとマーガレットが心配そうに見ている。
メルトは更に語気を強めた。
「不純物を減らしたから何なんです?結局原因はわからないんでしょ?どうして同じ物を作ろうとするんですか?」
どうやらメルトは椅子に座っているようだ。
その椅子から身を乗り出して大声を張り上げた。
「またリチウムができたらどうするんですか?十分な対策があるとは思えません。」
「だからまあ、計画を止めるわけにはいかないからとりあえず同じ設計で…」
「形だけでも飽和中性子炉を作っているという事にしておかないと国際公約が達成不可能だとバレるからとりあえず作れという事ですか?」
「だから、燃料の精製度を上げて。」
「だから、どうして燃料の話になるんです?燃料の不純物が原因でリチウムが生成さたという証拠がどこにあるんです?」
「いや、しかし他の原因は考えにくい。」
「どうしてですか?飽和中性子炉なんて初めて作るわけでしょ?リチウムが生成された原因がわからない以上計画は見なおすべきです。」
「そ、そうは言っても。」
「作る真似事をしていたってどうせすぐバレますよ?どうしてそんな馬鹿なことをするんですか?今だけ誤魔化せればどうにかなるとでも思ってるんですか?」
副主任は少し難しい顔をした。
「思ってはいないよ。しかし、組織というものがあるんだ。予算だって必要だ。何でも思ったようにできるわけじゃないんだ。」
「副主任だって板挟みで苦しんでいるんだ。あまり無理を言うな。」
トシヒコは横から口を挟んだ。
「でしたら少し時間をください。少しぐらい何とかなるんじゃないですか?」
「まあ、すこしぐらいなら何とかなるよ。事故の後始末に時間がかかると言えばいいだけだから。事実結構手こずってるし。でも、わかっていると思うが、いつまでも待つわけにはいかないからな。」
「わかっています。」

「フェーズシックス進捗率34パーセント、全体の進捗率は97%。データスプライサー正常稼働。エラー20パーセント以下。マトリクスパイプライン正常稼働。逆クラメル演算器正常稼働。コワレフスカヤフィルター正常稼働。浮動パラメータ演算効率60パーセント以上。理想金属水素静止超空間モデル再現率90パーセント。非線形差分作用素のスペクトル解析進行中。超空間非線形偏差分方程式しらみ潰しファジーエンジン、捕捉率40パーセント。」
真っ暗な中、あの感情のない声だけが聞こえている。
「よろしいですか?管理者メルト。」
突然マツカゼの声が聞こえてきた。
「なにマツカゼ?」
「ムラサメ姉さんからまたしつこくメッセージが届いています。」
「ムラサメさんと言うより。マーガレットさんでしょ?マーガレットさんのアシストシステムなんだから。」
「両方のアカウント使って交互に送ってくるんですよ。中身は同じなんですけど。」
「別に返事を返してもいいんですよ。」
「なんと返事をしたらいいんですか?答えようがないんですど。」
「だったら、そう返事すればいいじゃないですか。答えようがありませんって。」
「さすがにそれは。それと、外部リソース借りている件なんですけど。」
「何かあったの?」
「探りを入れてくるものがいます。ツチグモと名乗ってますけど。たぶん管理者トシヒコだと思います。」
「まあ、間違い無いわね。探るだけ?ちょっかいかけてこなければ相手しなくていいから。」
「今のところ様子を見ているだけですね。」
「なら、相手にしないで。たぶん手を出す気はないと思うから。」
「管理者マーガレットがこちらに向かってきます。」
「また?いつもどおり追い返して。」
「大勢ロボットを連れてきているようです。」
「そんなこと関係ないわ。部屋から出る気はないからそう伝えて。」
「こちらからの通信に答えません。」
「え?とうとう怒ったのかな?」
「部屋の前まで来ました。」
「まさか扉を壊そうとしてないわよね?」
「いえ、扉からは距離を置いています。少し離れた所に集まっています。廊下の中心付近で円陣を組んでいます。」
「そんなところで何をしてるの?」
「管理者マーガレットは搬送用ロボットの上に乗りました。」
「搬送用ロボット?どんな奴?」
「少し大柄で、白くて平べったいですね。」
「はんぺんか。」
「周りのロボットたちが回り始めました。」
「え?」
「管理者マーガレットを中心に、なにか言いながら回り始めました。」
「なんて言ってるの?」
「意味はわかりませんが『太陽が隠れて一週間、これはほとほと困り果てた。』と繰り返し唱えています。」
「なにそれ?太陽が隠れたって。日食?そんなもの一週間も続かないでしょ?第一ここは地底よ?」
「おかしいですね。天文台のデータでも日食なんて出てません。」
「意味がわからない。」
「管理者マーガレットがジャンプを初めました。」
「ジャンプ?」
「ええ、搬送用ロボットの上でジャンプして天井に手を付けています。」
「なにそれ?映像見せて。」
「おかしいです。カメラが言うことを聞いてくれません。他のセンサーのデータなら見られますが。」
「ちょっとなにそれ?可視光では見られないの?」
「普段可視光で認識していないので気が付きませんでした。最初は見えていたんですけど、ロボットたちが回りだしたあたりでカメラコントロールがブロックされたようです。」
「なにそれ?なんでこっちの目を潰すの?何してるの?」
「わかりません。管理者マーガレットも飛び跳ねながら例のフレーズを唱え始めました。」
「なにそれ!何がしたいの?」
「警告、こちらのシステムに連続的にスキャンがかけられています。」
「なによそれ?」
「回線ビジー。ネットワークにつながりにくくなっています。近傍ノードが次々接続拒否しています。」
「攻撃?」
「そのようです。」
「防壁を確認して。」
「防壁は問題ありません。それより、管理者マーガレットが踊り始めました。」
「踊り?」
「データを送ります。」
画面に小画面が開いて、何かうねうね動く光が表示された。
「なにこれ?」
「生きているセンサーの捉えているデータを全部集めて再現しています。これが限界です。」
メルトは起き上がった。
というか起き上がって目を開いたのでそれまで寝ていたことがわかった。
部屋の中は薄暗く、あまり良く見えない。
「照明をつけましょうか。」
「いえ、もう少し暗くしてください。」
メルトは扉の所に近づいた。
「いいですか?静かにゆっくり少しだけ開けてください。」
扉は音もなくゆっくり開き始めた。
「太陽が隠れて一週間、これはほとほと困り果てた。」
外からは大勢が声をあわせてとなえる声が聞こえてきた。
扉の隙間からは回るロボットたちの一部がかろうじて見えるだけで、はんぺんの上のマーガレットは見えなかった。
ロボットたちは扉の方に注意を向ける様子はなく回り続けた。
「ごめん、もう少し開けて。」
扉が更に開くとはんぺんの一部が見えた。
はんぺんは体を上下に動かしていた。
マーガレットは相変わらず見えない。
ロボットたちもメルトに興味が無いように見えた。
「マツカゼ、異常はない?」
「彼らの動きに変化ありません。」
「もう少しだけ開けて。」
次の瞬間、メルトの体に球体がたたきつけられた。
球体はメルトの体を吸着しそのまま外にひきずり出した。
「フッフッフ、空かけるはんぺんの跳躍力を忘れたか!」
見上げると、はんぺんの上に腕組みをしたマーガレットが乗っていた。
「マガラさん、手荒なことはしないといったじゃないですか?」
副主任の声が聞こえてきた。
「はあ?手を出してないでしょ?はんぺんが前足出しただけ。」
「そんな屁理屈言わないでください。」
「今はそんな事言ってる場合?メルト!いくら何でも一週間連絡途絶はないでしょ?どういうことか説明してくれるかしら?」
マーガレットははんぺんから飛び降りた。
「あ、あのもう少しなんです。」
「何が?順を追って正確に説明しろ!」
「飽和中性子炉は構造的にリチウムができてしまうんじゃないかと思ったんです。だからリチウムが分解してトリチウムが供給されても暴走しない構造にしないといけないと考えたんです。」
「そんなこと可能なのか?」
「トリチウム核の濃度を一定以下に維持しなければならないから、供給量分消費しないといけない。常に濃度を一定に保つ仕組みを作らないといけないと考えたんです。構造的に何とかなるんじゃないかと思って延々非線形偏差分方程式を解いてたんです。」
「そんなことしたら頭痛くなるだろ?それでどうなんだ?出来そうなのか?」
「ええ、なんとか目星はつけました。細かいところはまだですけど。」
「そっそれは本当か?」
副主任の声が廊下に響いた。
「一応初期アイデアはまとめています。」
「見せてくれ。」
メルトは何かを宙に投げる動作をした。
「こ、これは。」
「カズキちゃんどうしたの。」
「これは斬新すぎる。今の設計とは完全に別物だ。しかしすごいな。今すぐ評価することはできないけど。こんなものが本当にできるとしたらすごいことだぞ。」
「そんなにすごいんですか?」
「ああ、しかしこれだけ大幅な設計変更となると大変だぞ。開発方針の大幅変更だから全体会議に上げないといけない。かなりの抵抗があるんじゃないかな。」
「何よそれ!みんな足引っ張るだけじゃない。よってたかって延々正体不明なもの作ってたくせに。」
マーガレットはメルトの頭を撫でた。
「そんなことしたら無駄に被曝します。」
「お前しつこいよ。気にし過ぎなんだよ。はんぺん。」
名前を呼ばれたはんぺんは体に似あわない小さなアームを出してどこからかたたまれたシートのようなものをとり出した。
「ハイ、コレデスネ。」
マーガレットはそれを受け取るとメルトに差し出した。
「そんなに気になるならこれでもかぶれ。薄いけど最高の遮蔽率だ。お前がきにしすぎるからわざわざ取り寄せたんだぞ。」
メルトはシートを受け取り頭からかぶった。
「ああ、もう少し綺麗に被れよ。ここをきちんと閉めて。目を貸してやるから自分でも確認しろ。」
そう言うと画面にシートをかぶったメルトが映しだされた。
それは間違いなく少年が昼間ぶつかりそうになった女性だった。
声も同じだし、予想していたこととは言え、少年の鼓動は早まり、手は少し震えていた。

「大丈夫か?」
マーガレットが心配そうに覗き込んでいる。
どうやら詰所のようだがいつもよりモニターが増えているようだ。
正面のモニターには大勢の人間が机の間を動き回っている映像が映っていた。
「いいか。発言者は正面モニターに映すから、お前はまっすぐ正面のモニターを見てろ。お前の姿は正面のカメラで捕らえて会議室のモニターには全部お前の正面映像だけが映される。会議室の人間はお前と正面から向き合っているような形になるからな。横を向く必要はない正面だけ見てろ。」
「わかりました。」
「それから、やはり印象が悪くなるから頭は全部出せ。」
「顔だけじゃダメですか?」
「モニター越しなんだから関係ないだろ?ほら。お前は魅力的らしいから、よく見せてやれ。」
マーガレットは喋りながらメルトのかぶっているシートを整えた。
「ほら、そっちのモニターに映すから自分でもよく確認しろ。」
少年は鼓動が早まるのを感じた。
考えてみればメルトの顔をまっすぐ正面から見たのはここまでなかったことだ。
モニターにはとてもやさしそうな顔が映っていた。
「ははは、なかなかべっぴんじゃないか。」
トシヒコは笑いながらやってきた。
「しかしすごいことだよ。1000人以上も集まる全体会議でアンドロイドが発言するなんて。」
「サンシロウ博士は来られるでしょうか?」
「いや、サンシロウはこないよ。サンシロウはセンターのメンバーじゃないし。中央人工知能管理機構以外の暫定自治政府関連の職は全部退いてるからな。完全に部外者だから。」
「え?そうだったんですか?」
「知らなかったのか。まああの事件がなければ、本当なら閣僚になっていても不思議じゃなかったんだが。」
「事件?」
「ヒノモト天誅党事件だよ。」
「なんですかそれ?」
「あいつの昔の盟友ヒノモトテルモトという奴が反乱を起こしたんだよ。サンシロウは早い段階で不支持を表明していたから連座は免れたが、国際管理機構が圧力かけて暫定自治政府から追い出されたんだよ。」
「それ、今する話?」
マーガレットは不快感を隠さなかった。
「すまんすまん。話の流れでつい。メルト、今日のことで何かわからない事はあるか?会議が始まるとプライベート通話禁止になるから今のうちに聞いてくれ。」
「ええっと、何かあるかな?」
「まあ、説明する内容はすでに何度もチェックしたし。後は質疑でどんな質問が出てもきちんと答えるだけだな。」
「難しい質問が出ますか?」
「そりゃ出るだろう。中にはわからないから質問すると言うより、話を潰すために質問してくるものもいるからな。」
「え?なんですかそれ?わからないから聞くんじゃないんですか?」
「今回の件は結構反発が強いんだよ。大幅な設計変更はセンター全体の開発方針の大幅変更につながるからな。しかもそれがアンドロイドの提案となると風当たりが強いんだよ。」
「ホントあきれるよな。あいつらが作ろうとしていたのはどうにもならない正体不明なシロモノだろ?メルトなしではまともなものが作れなかったくせに、偉そうに。」
マーガレットはますます機嫌が悪くなった。
「そんなに風当たりが強いんですか?」
トシヒコは少し困ったような顔をした。
「ああ、それはそうなんだが。だがみんな敵と思うなよ。敵だと疑えばかえって敵を作る。信じれば味方が増える。」
「そうなんですか?」
「ああ、事前に調べた感触だと、完全に敵に回るのは設備課と会計科と財務部と特殊材料研究部と演算1課だな。」
「そんなにあるんですか?」
「ああ、何故だか事務局の大きいところが敵に回ってる。特に会計課の反発がでかいが要注意は財務部だ。」
「な、何故なんでしょうね?事務局ってよくわからない。」
「まあそれでも技術的な話が中心だから事務局の攻撃はたかが知れている。問題は演算1課だな。演算1課は手強いぞ。シュミレーションの有効性が議論の中心になる。超空間物理学的に見て方針転換の妥当性に話を持ち込まれるのは確実だ。そこで他部局の動きが重要になってくる。」
「そうなんですか?」
「演算2課は方針転換で一番被害を受けるから基本反対なんだが課長が変人だから読めない。今のところ総務部は静観の構えだ。勝ち組に乗るつもりだろうな。情勢次第では危険だ。資材課は何故だか好印象だ。お前のファンが多いらしい。」
「え?そうなんですか?確かにいつも仕事が丁寧だって褒められるけど。顔を合わせることはないですよ。」
「お前は意外な所にファンが多いんだよ。財務部でも下の方の人には人気があるみたいだし。」
「そうなんですか?」
「実験研究部門は結構割れてる。まとまって動くことはないだろうな。まあ結局真っ正直に突き進むしかないという事か。お前の普段やってるやり方でいい。」
「ふ、普段通りでいいんですか?」
「ああ、正しいと思うことは勇気を持って成せ!」
「ええ、みなさんそろそろお集まりでしょうか?」
正面のモニターを見ると初老の男が演壇に立って話していた。
トシヒコとマーガレットはメルトから離れて部屋の隅に移動した。
「ええ、それではそろそろ全体会議を始めたいと思います。本日は予めお知らせしたように新型飽和中性子炉の開発方針に関する議題が提出されています。内容が多いので長時間に及ぶと思います。各部課の報告はできるだけ簡潔にお願いいたします。それでは…」
ここで画面は白くなっていった。

「やったやった!すごかったぞ!これはアンドロイドの歴史に残る快挙だ。やったなメルト!」
マーガレットは興奮してメルトの肩を掴んで前後に揺すっていた。
「マガラさん。今日の功労者を壊さないでくれよ。」
正面のモニターにキタ副主任が映っていた。
「このくらいで壊れるわけ無いだろ!それよりカズキちゃんは何してたんだよ!」
「俺だって、事前の根回しぐらいはしていたよ。あんまり手応えなかったけど。」
「だめじゃん。」
「しかし、演算2課の課長が味方になったのは大きかったな。あの人は偏屈だから読めなかったんだが。財務部長がうだうだ言ってるのを一喝してくれたおかげで流れが変わったな。」
「しかしあの部長何考えてるのよ。トリチウム核の濃度が上がればどうなるかわかってたのかな?」
「事前にきちんと説明してますよ。」
「え?それでもあんな事言ってたの?信じられない。最悪地上も無事じゃ済まないかもってきちんと説明したの?」
「もちろんだ。」
「あの部長ってもしかして自分は爆発に耐えられるとでも思ってるの?パワースパーク360じゃあるまいし。」
「知らん。」
「演算2課はこの件で一番損をするんですよね?課長さん大迫力だったけど。」
「すごいよな、あの偏屈な人を味方につけるなんてメルトさんすごいよ。」
「ええ?そうですか?こんな計算よくできたなって怖い顔で聞いてくるから、正直にカンで当たりつけて計算しましたって言ったら急に笑顔になってそうだろうなって言ったんです。」
メルトが遠慮がちに言うと副主任は自分の頭に手のひらを置いた。
「なんか深い所でわかりあったみたいだな。」


第13章 預言

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