2013年9月20日金曜日
第11章 事故
少年は窓から外を見た。
街灯が明るく光っていた。
葉の茂った木の光の当たっている部分だけが浮かび上がり、影の部分は見えない。
少年はしばらく木の明るい部分だけを見ていたが、またすぐ映像の続きを見はじめた。
「はーい。もう少しこっちこっち!」
「このあたりでいいですか?管理者メルト。」
「うーん。そうね。後一センチ右かしら。」
メルトと数体のロボットが何か組み立てているようだ。
「管理者メルト。作業終わりました。」
リボンだ。
「ああ、リボンちゃんやっぱり早い!結構難しかったでしょ、うまくできた?」
「もちろんです。今検査中ですけど間違いなくトリプルエー評価です。」
「まあすごい!」
「手が空いたのでなにか手伝いましょうか?」
「あ、こっちはこの子たちでできるから。ちょっと待機していて。」
ピピっと音がして画面にトシヒコの顔が写った。
「あ、今いいか?手が空いていたらすぐに詰所に戻ってきてくれないか?」
「今って、今作業中なんですけど。詰所まで戻ったら今日はもう作業できなくなってしまいます。」
「ああ、仕方がないな。何とかならないか?」
「重要な作業を後回しにすれば上に上がれますけど。今すぐは…あ!」
メルトはリボンの方を見た。
「ねえ、リボンちゃんここ見ていてくれる?」
「え?」
「リボンちゃん監督できる?」
「こいつらが作業しているのを見ていればいいんですか?」
「できるでしょ?」
「ええ、もちろん。図面や作業手順は全部覚えてますから。」
「それじゃお願い!急に上に上がらないといけなくなったのよ。監督ロボットは全部手がふさがってるから、作業に支障が出ちゃうのよ。重要な溶接はしばらくないから今日はこの子たち見ててくれるかな。」
「お安い御用です。知ってました?私のセンサーは監督ロボットより感度がいいんですよ。小さな作業ミスも見逃しませんよ。」
「頼もしいわ!じゃあお願い。」
そう言うとメルトはその場を後にした。
詰所に戻ってくるとすでにマーガレットも戻っていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、はっきりという事はできないがいろいろ面倒なことになっているようだ。」
「はっきり言えないって?」
トシヒコは振り返ってメルトの方を見て言った。
「上だよ。地上で色々面倒なことになっているみたいだ。今日えらいさんが来てるらしいという事は聞いていたんだが。」
「偉いさん?」
「ああ、時々来るんだよ。それはいつものことなんだが。どうもキタ副主任がはめられたみたいだ。」
「はめられた?」
「ああ、あいつ結構間抜けだからな。俺の集めた情報だとどうもピンチらしい。」
「ピンチ?」
「ああ、あらぬ疑惑をかけられてるらしい。まあ、こっちはどうしようもないけどな。しかしあいつがいなくなるといろいろ支障が出るな。」
「何とかできないんですか?」
「我々の立場だとどうしようもないな。一応なにかこちらに確認したいことがあるらしいけど。こちらから意見することもできないし。言っても聞いてもらえないだろう。」
その時、正面の大型モニターに映像が映った。
モニターには数人の男たちが映った。
「えー、そちらは全員揃ってるかな?」
大柄の初老の男が話しかけてきた。
「所長、全員揃っています。どのようなご用件でしょうか?」
トシヒコはかしこまった口調で話した。
すると、今度は若い男が少し前に出てきた。
「あの、メルトさんはいますか?」
「はい、私です。」
メルトは急に名前を呼ばれたので少し慌て気味に答えた。
「あなたがメルトさんですか?少し聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「え?あ、はい。」
若い男は所長の方にふり返った。
「すいません。やはり彼女から直に事情聴取したいのですが。」
「ああ、それなら第三応接室を使うといい。聞いたか?トシヒコとマーガレットは席を外してくれ。」
「わかりました。」
トシヒコはそう言うとマーガレットを連れて部屋から出ていった。
正面のモニターは一度消えたが、しばらくするとさっきの若い男が一人だけ映った。
どうやら小さな応接室にいるらしい。
「こんにちは私はコノエというものだ。」
「こんにちわ。私はメルト、2315年3月6日生まれです。」
「早速で申し訳ないんだけど、少し君に確認したいことがあるんだ。ちょっとこれを見てくれるかな?」
そう言うとコノエは封筒を取り出し中から書類を引っ張りだした。
「えっと見えるかな?」
「はい。見えます。」
「えっと、一枚ずつめくっていけばいいかな?」
「いえ。そのまままっすぐ持っていてください。スキャンします。」
「え?」
急に画面の様子が変わった。
画面上に小さな画面がいくつも開いて何か文字が大量に表示され始めた。
そしてあの感情のない声が聞こえてきた。
「該当端末捕捉。SO3C端末。オーバーライド。オールコントロール。センサーフルレンジ。データ取得完了。解析開始。警告。データに不整合があります。不正の可能性があります。要確認。警告。インクの不純物の解析からインクのロットの違いを検出。一部の文字は後から印字されています。内容との相関関係を照合しています。データ部分を後から追記しています。データ対照表を作成しています。不正な改ざんを検出しました。」
「もういいです。最後まで読み終わりました。」
メルトがそう言うとコノエは驚いた様子でメルトの方を見た。
「え、もういいの?なにかわかった?」
「ええ。それは請求書なんですよね?」
「ああ、そうだよ。それだけ?」
「請求が水増しされていますね?こちらの納品データとだいぶ差があります。」
「そうなんだ。」
「しかしおかしいですね。」
「それは水増しされていることかい?」
「いえ。その書類にどういう意味があるんですか?」
「う、そこ?一応法律で紙の請求書を一定期間保存することが定められてるからね。」
「でも、その取引はすでに電子決済で完了しているはず。今確認しましたが問題はありません。適切に処理されています。」
「ああ、それはこちらも確認した。しかしこんな物証が出てくるとは穏やかではない。」
「どうしてですか?書類がどうあれ支払いには不正はありません。何が問題なんですか?」
突然画面にキツカの静止画が映った。
「あの、それはただの紙きれです。人間の運命はそんなもので左右されるんですか?」
「あ、いや。僕もどうしたものかと。たしかに君の言うとおりだ。ああ、彼が言っていた意味がわかったよ。」
「彼?」
「ああ、この件の責任者のキタくんだよ。彼がメルトさんなら優秀だからどうすればいいかわかるはずと言っていた。」
「そうですか。一つ質問があるんですけどいいですか?」
「ああいいよ。」
「その書類はどこにあったんですか?」
「え?」
「あなたがその書類を見つけたのはどこですか?」
「ああ、えっと会計課のキャビネットの中だけど?」
「キャビネットの中に普通に入っていたんですか?」
「え?普通っていうか。あ、この封筒に入れられて他の書類の上に載せられていたな。きちんと収められていたわけじゃない。」
「それじゃあ下の書類を見るためにはそれをどかさなければならなかったんですね。」
「そうだな。」
「それで、その下にあった書類は確認したんですか?」
「え?」
「ですから。その書類は他の書類の上に載せられていたんでしょ?その下の書類は確認したんですか?あなたは請求書の確認に来たわけではないのでしょう?」
「あ、それもそうだ。すぐ確認しよう!」
コノエはすぐに立ち上がって歩き出したが、立ち止まってもう一度メルトの方を見た。
「ありがとう。君はすごく優秀だ。そしてとても魅力的だ。本当にありがとう。」
「一体全体、どんな手品を使ったんだ?」
マーガレットはずんずん歩きながらしゃべっている。
どうやらメルトとマーガレットは廊下を歩いているようだ。
「手品?」
「だってそうだろ?結局何だったんだあの騒ぎ!お前が事情聴取されてから突然話の流れが変わっただろ?」
「え?そうだった?」
「まあ、カズキちゃんが無罪放免になったのは助かったけど。でもそのあと上の方でえらく激しく人事異動があったけど、何なのあれ?」
「さあ。人事異動するタイミングだったんじゃないんですか?」
「そんなわけねーだろ!まあ、しらを切るのならそれでもいいけど。お前のお陰でカズキちゃんが助かったのなら礼を言わなければならないな。」
「そう言っていただけるのはありがたいけど。私にできることなんてたかが知れています。」
「そんなわけ無いだろう。」
マーガレットは立ち止まってふり返った。
「私は見てきた。お前がここに来てからいくつも理解できなことが起こったことを!奇跡と言ってもいい。たぶんお前には私には理解できない力があるんだよ。」
「そんな大げさな。私は普通にしているだけですよ?」
「本気でぼけているのか、しらを切っているのかはわからないけど。」
マーガレットはメルトの頭に両手を載せた。
「はっきりわかることはひとつだけ。お前がサンシロウの自信作ってことだ。まあ奴のやらかしそうなことだよな。お前も少しは自覚してくれよ。私はお前に期待しているんだから。私だけじゃないここにいるみんながそうだ。」
そう言うとマーガレットは大きな声で笑い出した。
「ほんとにお前は面白い奴だよな。」
マーガレットは笑い続けた。
少年は少し疲れたので台所に行き冷蔵庫に入っていた麦茶を飲んだ。
頭に登っていた血が冷やされてとても気持ちが良かった。
母親は少年が熱心に勉強しているのと思ったので夜食を作ろうかと聞いてきたが、少年は丁寧に断った。
後ろめたい思いもあったが、少年は空腹を感じていなかったのである。
少年は机に戻ると机の上に教科書やノートを広げた。
しかし、少年は教科書やノートを見ようともせず円盤を取り出してくぼみに指をおいた。
「リボンちゃん。そっちはどう?」
「少し振動していますが問題ありません。」
部屋の中央には大きな装置が置かれている。
巨大な円筒形の金属の塊に無数のパイプやケーブルがつながっていた。
あたりにはゴオゴオと低い音が響いていた。
リボンは装置の反対側にいるようだ。
「三番ノズルが少し加熱しているみたいだけど設計上問題ありません。」
「じゃあ今日はもう少しいってみようかしら。制御ちゃんもう少しいけそう?」
「リボンねえさんの言うとおり三番ノズルが少し加熱してますけど問題ありません。超流体コンデンサ正常、レオロジカルポンプ正常、隔離パネル正常、成形コイル正常、炉内モニター正常。特に問題ありません。運転予定を延長しますか?」
「うん、延長して。100秒ほど。それとデータを私の公開メモリにミラーしてくれる?」
「了解、全データミラーします。運転予定プラス100秒でスケジュールを更新します。」
リボンがメルトのところにやってきた。
「順調ですね。」
「でもまだまだよ。本格的に運用するには少なくとも10時間以上連続稼働させないといけないのに。」
「ふふ、それ言い出したら生成物の冷却施設はこれから建設しないといけないでしょ?」
「ああ、道は長い。でもリボンちゃんがいれば何とかなりそう。」
その時突然けたたましくサイレンがなりだした。
「制御ちゃんどうしたの?」
「炉内モニターが異常を検知しました。リチウムを検出しました。」
「え!大変!」
「リチウムが急速に増えています。ごくわずかに崩壊しているようです。」
「緊急停止!」
「緊急停止できません。セパレーターが作動しません。」
「直接減衰フィールドを消して。」
「無理です。減衰フィールドを中和できません。」
「一部破るだけで反応は止まるでしょ?何とかならないの?」
「ガス圧を安定的に低下させる構造になっているので無理です。」
「それじゃあ、リボンちゃんお願い。フィールド支持機のC5パイプを切って!」
リボンは装置に飛び乗って、パイプを一本切った。
パイプからはガスが吹き出しますます警報音がなりまくった。
「中身が吹き出すから急いで離れて!」
メルトは声をからして叫んだ。
そしてリボンが走り始めたのを見てから、向きを変えて走り始めた。
前方には巨大なついたてのようなものがあり、どうやらその裏に逃げこもうとしているようだった。
しかし、もう少しでついたての所に着くという所で背後から凄まじい轟音が聞こえてきた。
次の瞬間、メルトの体は何かにはね飛ばされて転がりながら滑っていった。
そして、爆音と凄まじい光の中にリボンが飛んでいくのがわずかに見えた。
全て真っ黒になった。
音も聞こえない。
光も見えない。
やがて声が聞こえてきた。
あの感情のない声だ。
「緊急自動チェック完了しました。全デバイス問題ありません。メインシステムを起動します。メインシステム起動プロセス開始。メインカーネルロード。基盤設定ファイルロード。全デバイスファイル認識。ホットプラグインターフェース正常起動。ネットワークインターフェース正常起動。擬似感情システム正常稼働を確認。仮想人格ファイルをロードします。コアシステムを起動します。」
周りがぼんやり明るくなってきた。
「メルト!気がついたか?」
マーガレットの声だ。
「あ。」
メルトは声にならないような声を出した。
「ああ、意識は回復したみたいだな。無理はするな。」
マーガレットの顔がはっきり見えてきた。
「リボンちゃんは?」
「落ち着け。」
「リボンちゃんは?」
「まだ起きるな。」
「リボンちゃんは?リボンちゃんは?リボンちゃんはどうしたの?」
「だから落ち着け!」
「リボンちゃんは?」
「もうだまれ!」
「リボンちゃんは?」
マーガレットは真剣な目でメルトをにらみつけた。
「お前のデータアーカイブには全データが記録されている。お前が最後の瞬間までデータを記録し続けてくれたおかげで詳細なデータがとれた。今解析中だが原因究明に役立つだろう。そのデータの中にリボンのデータも入っている。室内モニターがお前らの動きも記録していたからな。」
「リボンちゃんは?」
「データではなく私の口から言えという事か?あの時あいつはお前の背中に体当りした!綺麗に足からぶつかってお前を飛ばしたんだ。お前はそのまま防爆壁の裏側まで飛ばされて噴出流の直撃を受けなかったんだ!それでも凄まじい中性子線を浴びたんだ。骨格まで放射化されコアの脆化も一気に進んだ。体内のパラシステムは全部入れ替えたんだぞ!あれから一週間。全力で復元処置をしてきてやっと意識を取り戻したんだ。お前が意識を取り戻しただけでも奇跡だよ!」
マーガレットはメルトに抱きついた。
「そんなことしたらあなたも被曝してしまいます。」
「何を言ってるんだ?このぐらいの線量ここでは普通だ!」
「しかし、さすがに密着すると。」
「もうだまれ。」
マーガレットが静かにそう言うとメルトは静かになった。
「お前の咄嗟の判断がなければ私達だってどうなっていたか。ありがとう。」
第12章 地底の太陽
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