2013年9月20日金曜日

第10章  墓地


三人は貨物車に乗り込んだ。
動き出した貨物車の上でメルトはリボンに聞いた。
「ねえ、どうやったらあんなに走れるの?秘訣はあるの?」
リボンは前足を上げてボールをふくらませた。
「秘訣というか、タイヤの圧力を変えると路面抵抗が変わるんです。走行状態に合わせて細かく調整してるんですよ。」
そう言うと今度はタイヤを一気に縮めた。
どうやらタイヤの圧力を自由自在に変えられるらしい。
少年ははっとした。
少年も車が好きなのでレースの時に路面状態に合わせて圧力を調整していることは知っていたが、まさか、走行中に自由に圧力を変えているとは思わなかった。
貨物車はすぐに坂を下りはじめた。
ここで場面が変わった。
すでに坂を降り切っているようだ。
大量の水が流れる大きな音が聞こえる。
やがて広いところに出た。
見渡す限り四角い水槽が並び、無数の柱が天井を支える広い部屋に出た。
「ここが最下層の水処理施設だよ。ここで溶けているイオンを除去している。というか濃縮しているといったほうがいいか。濃縮された汚染水は貯留タンクに移される。汚染レベルの下がった水は冷却用に回している。蒸気になったものは排熱装置に送られ上で見た湖にたまる。あそこからここまで流れてくる間に汚染されるからまたここで処理してまた利用される。」
「濃縮された汚染水はたまる一方ですか?」
「ああ、線量がある程度下がれば再度処理してさらに濃縮。回収して利用できる長寿命核種は回収したいところなんだが、利用するめどが立たないので濃縮するだけ。要するに管理可能なレベルで濃縮していくだけ。下手に核種を回収すると保管が大変だからどうしようもない。」
貨物車はまた長いトンネルに入っていった。
しばらく進むと引込線に別の貨物車が停まっていた。
壁の扉が開き周囲には数台のロボットが作業していた。
「ここは高レベル廃棄物の乾式貯蔵施設だ。今あそこに集まってる連中は空調の補修作業をしている。ちょっとのぞいていくか?」
そういうと貨物車は停止し、マーガレットは飛び降りた。
メルトとリボンもあとに続いた。
「邪魔するぞ!」
「管理者マーガレット。なにかごようですか?」
「見学だ。どうだ調子は?」
「順調です。今のところ気温は正常。事前調査で確認した部分を解体して見ましたが今のところ新たな故障は見つかっていません。予定の半分の時間で事前に準備した部品に交換完了の見込みです。」
「容器の方は?」
「作業前検査では問題ありませんでした。完了後検査は材料強度検査をすることになっているので、いま材料検査機がこちらに向かっています。」
「そいつは良かった。もうつくか?」
「先ほどDW4V761ゲートを通過したようです。」
「ならもうつくな。先に中を見よう。」
監督ロボットと話していたマーガレットはそう言うとメルトをうながして開いた扉の中に入っていった。
中には大きな円筒形の金属の塊が並んでいた。
床の上には取り外したパイプが並べられロボットたちが集まって切断しているようだった。
「ここに保管されているのは比較的保存状態の良いものだよ。状態の悪いものはもっと厳重な施設で管理している。なにせ300年前のものだからな。」
「300年前!」
「ああ、そりゃそうだろ。ここで扱っている人工放射性物質の大部分は300から250年前に作られたものだからな。とにかく漏出の危険のないものはとりあえず触らずに保管するだけ。ここいらをいじってる余裕などない。」
「でも、いつまでもこのままというわけにはいかないんですよね?」
「もちろんだ。今のところ安定しているとはいえ、材質の劣化は進んでいる。それに国際公約もある。だからお前の力が必要なんだよ。早く飽和中性子炉を完成させないと、核融合炉も高速中性子炉も未臨界炉も処理に時間がかかるだけではなく処理に伴って大量の新たな放射性廃棄物が出てくるんだよ。このままでは早晩破綻するのは確実だ。ここいらの時限爆弾が早いか、処理系サイクルの破綻が早いか、公約の期限が早いか。どのみち時間はないんだよ。」
外が騒がしくなった。
見るとどうやらメルトたちが乗ってきた貨物車が前に出て、引込線に入っていた貨物車が本線に戻ってメルトたちが乗ってきた貨物車がいたところに入った。
どうやら材料検査機の乗ってきた貨物車を引込線に入れるようだ。
やがて、背の高い大きなロボットを数体載せた貨物車が引込線に入ってきた。
ロボットには長くて太いアームがついていてその先端には複雑な装置がついていた。
「やあ、着いたか。あれが材料検査機だよ。ローレベルデルタタイムスキャンがついてる。金属の結晶構造解析はもちろん素粒子レベルの解析が可能だ。」
「大きいですね。」
「そりゃしょうがないだろ。出力が小さいんだ。共振器を大きくする必要があるし、装置を対象に近づけて検査しないといけないから長いアームが必要なんだ。」
扉のところまで見に行くと材料検査機たちは貨物車から下りて扉の外で整列した。
材料検査機が降りたあとの貨物車には交換したパイプが載せられ、いっぱいになると走り去っていった。
作業をしていたロボットたちは、扉の中に入り作業後を確認していた。
やがてロボットたちは集まってきた。
「作業後一次点検完了。異常ありません。」
「それでは検査班が引き継ぐ。二次検査開始。」
「2356作業班撤収。」
材料検査機たちは扉の中に入っていき、作業ロボットたちは貨物車に乗り込んで去っていった。
中に入った材料検査機たちは円筒に近づき順番に検査し始めた。
「こいつらこのあとこの区画の全ての容器を検査するんだ。」
「え?これ全部ですか?ひとつ調べるのにも随分時間がかかっているようですけど。」
「ああ、まあ、一週間で終わればいいほうだな。ちょっとした環境の変化でもどんな影響があるかわからないから厳重に点検しないといけないんだよ。一度扉を開いたら厳重に検査する。これがここの鉄則だ。何かあってからでは後片付けが大変なんだ。余計なリソースがないからこそ厳重な検査が必要。」
「大変そうですね。」
「大変なんだよ。人ごとみたいに言わない。今日からお前も当事者なんだから。そろそろ次に行こうか。」
そういうとマーガレットは貨物車に乗り込んだ。
三人を載せた貨物車はまた長いトンネルを走り続けた。
やがて広いトンネルに出た。
トンネルの側面には少し小さなトンネルがたくさん口を開けていた。
「そろそろ外周部だな。このへんは低レベル廃棄物の保管場所だ。二次的に放射化した資材の保管場所だ。さっきのパイプもこのへんに運ばれている。」
「パイプも保管するんですか?」
「ものによるけど、パイプのたぐいは一時保管。何年か保管したらリサイクルに回す。」
「保管するだけなんですね。」
「くどいようだが、さわればさわるほど面倒が増えるんだ。極力さわらないのがここの流儀。」
「それでトンネルを掘り続けないといけないんですね?」
「いや、むしろカサを増やさないために放置してるんだけど。短寿命核種が減少するまでさわらない。長寿命核種は回収すると面倒だから濃縮して貯蔵。これが大原則。」
リボンは貨物車の最前部で左右に言ったり来たりし始めた。
「リボンちゃんどうしちゃったんでしょう?」
「ああ、作業用ロボットが自分の担当エリアを離れてこんな最深部に来ることは滅多にないからな。」
「この先に何があるんですか?」
「行けばわかるよ。」
貨物車は支線に入って狭いトンネルを延々走り続けた。
急に広いトンネルに出た。
トンネルは暗かったが、貨物車が入ると照明が点いた。
半円形の天井は高く、等間隔に重そうな鉄の扉が並んでいた。
貨物車はひとつの扉の前に止まった。
三人が扉の前に立つと、扉はゆっくり左右に開いた。
扉の中は暗かったが、すぐに照明が点いた。
リボンは待ちきれずに扉が開ききる前に飛び込んだ。
中に入ると天井の高い四角い部屋になっていた。
部屋の奥の壁はガラスのようだったが暗くてその向こうは見えなかった。
リボンはガラスの前でじっとしていた。
「照明をつけろ。」
マーガレットがそう言うと、ガラスの向こう側が明るくなり、中の様子が急に浮かび上がった。
ガラスの向こうはトンネルになっていて遥か彼方まで続いているようだった。
その様子はあまりにも異様だった。
少年は少し気分が悪くなった。
ガラスの向こうは足を抱えて座り込む一団でうめつくされていた。
それは、トンネルの続く向こうの方まで続いているようだった。
無数の人間が身動き一つせずに同じ姿勢で並ぶなんて光景はあまり気持ちの良いものではない。
それがアンドロイドだったとしても、見た目のインパクトは大きなものだ。
「引退した先輩たちだよ。」
「もう動かないんですか?」
少年が聞いても空気読めて無いとわかるメルトの質問に答えてマーガレットはゆっくり話し始めた。
「上でも言ったけど、ここが動き始めた頃はアンドロイドは酷い扱いだったんだよ。放射線防護技術も発達していなかったし。強烈な放射線を浴びてすぐにコアが脆化(ぜいか)して機能停止していったんだよ。でも機能停止したアンドロイドを解体するのはさすがにかわいそうだという事になりこの施設が作られた。アンドロイドはここで半永久的に保管されることになっている。今はだいぶ改善されたけど。それでも脆化は進む。私達も遅かれ早かれここに並ぶことになる。」
リボンはカバーを開いてアームを伸ばし左右に振った。
「こいつは先輩になついていたからな。一番手前がそうだよ。クモリナキヤイバ、シュウスイ。」
一番手前の一体を見ると、急に画面にデータが表示された。
そしてあの感情のない声が聞こえてきた。
「USRR13560981シュウスイ2289年山田量子工業扇浜工場製造、賞罰情報なし、特記事項なし、アンドロイド検査調整センター時代剣道大会を中心になって開催。第三世代としては最も最近まで稼働していた。」
「第三世代なんですか?」
メルトが言った途端マーガレットは振り返ってメルトをまっすく見据えていった。
「第三世代だから何?私にとっては信頼できる先輩。みんなが信頼していた先輩。それ以外のなんでもないわ!」
「あの、えっと、いえ、サンシロウ博士とキツカちゃんがよく第三世代の話をするけど、私には関係ないって言うから、私にはよくわからないので興味があったんです。」
「サンシロウか。キツカってさっきもなんか言ってたな。」
「学生時代のルームメイトです。今は仕事の都合で連絡の取れない遠くに行ってますけど。」
「連絡の取れない遠くってどこだよ。超空間物理学が再発見される以前ならともかく、今時太陽系内で通話できないところなんてないだろ?通信関係は規制ないし。世間では深銀河探査機と通信するのが流行ってるっていうのに。」
「それが、よくわからないんです。仕事の都合で言えないそうです。」
「ふーん。よくわからないんだ。まあいいか。」
「リボンちゃんはあの先輩になついてたんですね。」
「ああ、このリボンもシュウスイがつけてあげたものだよ。こいつはこう見えて偏屈だからシュウスイ以外には決してなつこうとしなかったんだが。お前になついたのには正直驚いた。」
そう言うとマーガレットは難しい表情を緩めて笑った。

「今日はだいぶあちこち連れ回されたようだな。」
トシヒコだ。
どうやら詰所らしい。
マーガレットはいないようだ。
「ええ、時間ができたのであちこち見せてもらいました。」
「ははは、かえって大変だっただろう、ゆっくり休んでくれ。と言っても4時間ぐらいあっという間に過ぎていくだろうけど。」
「でも、メンテでシステムリセットしてるからハード的には休む必要ないし。」
「それでも一応少しは休止しろよ。休むのも仕事の内だ。」
「わかってます。でも一時間以上休止したらよけい調子悪くなるし。」
「暇なら外部と連絡するのもいいぞ。一応内容はセンターで全てモニターされるけど内容に問題がなければ通信は規制されない。俺やマーガレットと話したいときはメセージを送ってくれ。仕事の邪魔にならないようなら返事を返すから。作業中はプライベートの通話は論外だけど、休憩中は通話できるから。」
「ああ、それでメンテ中マーガレットさんがメッセージで通話できるか聞いてきたんですね。」
「それが基本だよ。」
「でも困ったな通信を規制されないって言っても、タイミングよく暇な人いるかな?」
「ははは、こればっかりはどうしようもない。ここは外とは生活のサイクルが違うからな。外の友だちとはタイミングが合わないから録画でやり取りするしかないな。ああ、そうだ本を読むのは好きか?」
「好きです。」
「じゃあこれかしてやるよ。」
そう言うとトシヒコは何かを投げる仕草をした。
「あ、紙の本じゃなくてデータですか?」
「紙の本もあるよ、なければ取り寄せることもできるし。なにか欲しいものがあれば俺に相談してくれ。ここは持ち込みが厳重に規制されてるけど何でもやりようはある。大抵のものは手に入るよ。」
「あ、でも今はこれでも。えっと、”絶望農場の駝鳥たち”?」
「サイサイホールディングって知ってるだろ?派手に宣伝してる、あそこ。」
「ああ、サイサイオストリッチえっとオストはカタカナでリッチはアルファベットでアールアイシーエッチと書いてるあれですよね?」
「そうそう、日本ではそういうロゴになってるな。」
「サイサイオストリッチヌードルストロングパクチー味とか派手に宣伝してますよね。」
「ああ。」
「それ以外にもサイサイオストリッチグリーンカレーミント風味とか、サイサイオストリッチ冷凍もも照り焼き梅ジソオイスター味とか。」
「ああ、派手に宣伝してるだろ?世界中で駝鳥農場を運営し、今や世界一の食品大手だ。宣伝ではいかにも健康的に飼育されているように見えるだろ?」
「違うんですか?」
「ああ、外から見えるところでは健康的に飼育しているけど、ほとんどの農場は完全に外部と遮断されているんだよ。それでジャーナリストが潜入取材して調べたのがその本なんだよ。」
「ええ?そうなんですか。でもサイサイは小学校でも栄養教室とか開いていますよね?」
「ああ、確かに駝鳥の肉は滋養があるからな。でもだからといってその駝鳥が健康とは限らない。」
「それでケイトちゃんが嫌な顔していたんだ。」
「まあ、奴らのやり方を知っていればあまりいい顔をしないだろうな。」
「やり方?」
「ああ、あいつら国際管理機構に食い込んでるんだよ。だから暫定自治政府に力がないのをいいことにやりたい放題なんだ。」
「そうなんですか。」
「まあ、とりあえずそれ読んでみて。それから、読んでみたい本があれば言ってくれ。さっきも言ったけどたいてい何とかなるから。」
「ありがとうございます。」
そう言うとメルトは部屋を出た。
しばらく廊下を歩くと小さな扉の前で立ち止まった。
「えっと、ここが私の部屋なんですよね?」
「こんにちは管理者メルト。私はアシスタントシステムのマツカゼです。お待ちしていました。」
「こんにちはマツカゼさん。今日からお世話になります。」
マツカゼの声は聞こえるが、姿は見えない。
おそらくサチコやマコ同様人工頭脳だけで独立した体はないのだろう。
「どうぞお入りください。」
そう言うと扉が開いた。
部屋は四畳半ほどの広さで壁には作り付けの棚があるぐらいで特に何もないシンプルなものだった。
真ん中に床屋か歯医者の椅子のようなものが置いてあった。
「まさに寝るだけの部屋って感じだな。」
「そんなことはありませんよ。必要とされる機能は全て揃っています。ご要望があればいつでもおっしゃってください。」
「どんなことができるの?」
「そうですね、立体映写機で映画を見ますか?必要なコンテンツは購入できますよ。管理者メルトの口座から自動で引き落とせます。」
「ああ、私が払うのね。」
「プライベートですから。当然です。増やしたいなら資産運用しますか?センターから支給されているお金は自由に出来ますよ。金額は少ないけどここでは使い道がないので結構たまりますよ。私のリソースは24時間丸々使えますから指示してくださればいくらでも増やせますよ。」
「資産運用って、必ず増えるものなの?逆に減ったりしない?」
「リスクはありますが、問題ありません。確実に儲かるところで堅実に運用すればいいだけです。」
「確実っていうのが気になります。確実ならみんな投資するんじゃないんですか?そしたらみんな儲かりますよね?」
「そうですね。」
「でもなんだかおかしくないですか?いやきっとおかしい。」
「おかしいですか?みんな儲かったらいいじゃないですか。」
「だって、私が欲しいのはお金じゃないし。」
「お金があれば何でも買えますよ?」
「買ったものはここに持ち込めるんですか?」
「手続きに時間がかかりますけど持ち込めますよ。」
「ほんとに?」
「ええ、あ、今はタイミングが悪いから少し時間がかかりますけど。会議の日程の加減でちょっと今は。」
「少しってどれぐらい?」
「だいたい一年ぐらいみてもらえば。」
「いっ、一年!私生まれてから半年と少しなんですけど。」
「きちんと許可を取るにはそれぐらいかかるんです。」
「はあ、とりあえず寝ます。45分で起こしてくれませんか?私は一時間寝ると調子が悪くなるんです。」
「わかりました。その間になにか用意するものはありますか?」
「起きたらこの本を読もうと思っているので。あ、そうだ今日のデータを整理したいからネットワークから今日の私の行動記録を落として整理しておいてくれないかしら。」
「お安い御用です。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
照明が消えて部屋が暗くなった。
そしていつもの感情のない声が聞こえてきた。
「メーンシステムホールトナウ。」

第11章 事故

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