2013年9月20日金曜日

第9章  レース


「それではスタートします!ヨーイ!」
ビー!!
円筒から大きな音がした。
すると、地獄の飛脚を先頭に、周回していた参加者は順番にひとつの穴の中に飛び込んでいった。
中継画面は各選手の様子を追いかけて映している。
「イケイケ!先行しろ!」
マーガレットはいきなりハイテンションになった。
「先頭集団は強風トンネルに入ります!前回は地獄の飛脚はここでいきなりリタイアしました。今回は大丈夫でしょうか?」
先頭は円形の狭いトンネルに入っていた。
「ここは風を受けやすい飛脚やはんぺんにとっては辛いところなんだ。」
マーガレットの言葉を証明するように先行二人はスピードを落としてかなりつらそうに走っている。
「おおっと!ここでビッグシザー、いきなり大技炸裂か!」
気がつくとはんぺんのすぐ後ろにビッグシザーが迫っていた。
ビッグシザーは大きなハサミのついたアームをおもいっきり振り回した。
はずみでビッグシザーの体は勢い良く回転しながらトンネルの壁を登って行き、先行する二人の頭の上をすり抜けていった。
「ビッグシザー大技炸裂です!お、黒旋風来ました。いきなりごぼう抜きです!はじめから飛ばしています!さらにその後ろには月光が張り付いています。」
ビッグシザーに追い越されたばかりの飛脚とはんぺんに真っ黒な黒旋風が迫っていた。
黒旋風は大技を使わず強風に煽られてつらそうに走っている二人の間をギリギリかすめて追い抜いていった。
そのすぐ後ろから追いついてきた月光は壁を走って追い抜いた。
スタートからまだ間がないのにいきなり激しい展開になっている。
気がつくと物干し竿がトンネルの上部に張り付いて空かけるはんぺんの頭の上にさしかかっていた。
その時、後方からものすごい勢いでトンネルの円周をくるくる回りながら進んでくるものがいた。
最後にスタートしたリボンだ。
どうやら遠心力でトンネルの壁に張り付いているようだ。
リボンは一気にはんぺんと物干し竿のすぐうしろまで来ると、ふっと空中に浮いた。
浮いたと言っても、その動きは自然で、遠心力が足りなくなって天井から落ちたというべきだろう。
しかし、落ちるという表現は適当ではないかも知れない。
ふっと壁から離れたリボンは風を受けて滑空しそのまま地獄の飛脚の目の前に綺麗に着地した。
着地したリボンは六本の足で壁を掴み体を沈み込ませると、一気に加速した。
「おっと、リボンねえさん、一気に三人抜きだ!序盤からすごい展開です!」
「何やってるんだ!クソー。飛脚のやつはんぺんだけはブロックしやがって!」
マーガレットはブロックといったが、どう見ても風に弱い飛脚とはんぺんがトンネルの底に張り付いて、身動き取れないだけのように見える。
平たいはんぺんが真ん前にいる飛脚を追い越そうにも円形のトンネルの壁に登らなければ飛脚を避けることができない。
強風トンネルを抜けた先頭集団はすでに次の難所に向かっていた。
「先頭集団は超滑面トンネルに入りました。現在一位はビッグシザーですがここでは自慢のハサミも使いようがありません。」
先頭集団の画面を見ると、トンネルは四角でどうも床がよく滑るようだ。
ビッグシザーは慎重に走っているようだったが、アームを少し動かしただけで横滑りして壁に接触していた。
その横を黒旋風がスケートを滑るようにまっすぐすり抜けていった。
月光は黒旋風のすぐ後ろを不気味に青白く光りながらついていった。
「やはりビッグシザー身動き取れません!黒旋風一位に踊り出ました。」
ビッグシザーはなんとか建てなおしたが、足をいっぱいに広げてあめんぼのような格好で滑ってきたリボンに難なく追い越された。
超滑面トンネルの次は広い資材置き場に出た。
リボンは月光にグングン迫っていたが、黒旋風は進路をそれて月光から離れていった。
リボンが月光にもうすぐ追いつくというその時、背後でバタンという大きな音がした。
「おおっと!前半もたついていた空かけるはんぺんが一気に先頭集団に追いついた!」
「いけー!いけー!フフ、風の抵抗さえなければこっちのもんだ!あ!月光のやつ仕掛けてくるぞ!避けろ!避けろ!」
マーガレットの叫び声が響く中、月光の周りがぼやっと白っぽく光りはじめた。
空かけるはんぺんはその体型からは想像できないほどの跳躍力で飛び上がり、その名の通り空を飛んだ。
「野郎!月光は強磁場でトンネルの壁を検査するロボットなんだ。」
「強磁場?」
「ああ、ここいらのロボットは防磁加工してあるから磁場自体は問題ないんだがあんな所で強磁場使われたら。」
バチバチと大きな音がし始めた。
「おおっと!ここで月光奥の手を出しました!強磁場で付近のネジクギ等が飛び交っています。これは危険だ!黒旋風とはんぺんはコースをそれて避けています。」
リボンは避けるどころか月光に近づいていった。
「リボンちゃん大丈夫ですか?」
メルトが心配そうに言うと、マーガレットはゆっくりと言った。
「まあ見てな。」
リボンは月光のすぐ前に出て走り続けた。
どうやら月光のすぐ近くはあまりモノが飛んでこないようだ。
それは一瞬の出来事だった。
床に落ちていた鉄板がリボンの足元で跳ね上がった。
リボンは鉄板と共に飛び上がり、鉄板を蹴って更に高く舞い上がった。
リボンは前方に滑空し月光からかなり離れたところに着地した。
「おお!リボンねえさん!やりました!一気に月光の強磁場から飛び出しました!お見事!現在一位は黒旋風、二位はリボンねえさんです!因縁の一騎打ちは防爆トンネルとなります!」
「防爆トンネル?」
メルトの質問にマーガレットは見向きもしないで答えた。
「曲がりくねっていることで爆発事故の時に爆風を減速させ時間稼ぎをするためのトンネルのことだよ。」
先頭二人はすぐに半円形の広いトンネルに入った。
床はどうやら金属製の蓋になっているようだ。
直線でリボンは黒旋風にぐんぐん追いつきすぐ後ろに迫った。
黒旋風はリボンの正面に出て進路をふさいだ。
見る間に最初の角が迫ってきた。
カーブではない、角だ。
トンネルは直角に曲がっていた。
このままのペースでは確実に壁に激突するだろう。
リボンは曲がる側の反対側の壁に近づいた。
黒旋風はそれでもがっちりリボンの前を抑えている。
リボンは壁に足をかけ、体を斜めにして走っていたがやがて減速した。
減速しても間に合いそうには見えないのだが、不思議なことに黒旋風は減速しなかった。
ここでいきなり不思議なことが起こった。
まっすぐ壁に向かって突進していた黒旋風が、突然進行方向を直角に曲げ、それまでと同じ速度で走り続けたのである。
「ついに出ました!黒旋風!八軸超平面ジャイロ炸裂です!」
少年は狐につままれたような気分だった。
リボンは壁を蹴って、これも神業なのだが、体を回転させながら凄まじいカーブを描きながら角をかすめて曲がっていった。
しかし、そのころには黒旋風はすでに大分先まで行っていた。
「八軸超平面ジャイロ?」
「ああ、あいつは何十万キロにも及ぶここのトンネルを検査してるからな。通常走行ではとてもじゃないけど検査しきれない。超空間物理学の規制技術だけど特別許可が降りてるんだよ。あいつは持っている運動量をあらゆる方向に再配分できるんだ。」
少年にはマーガレットの言っていることがほとんど理解できなかった。
黒旋風のあまりにも現実離れした動きにも納得がいかなかった。
どう見ても、インチキUFOでもありえないような動きだ。
直線でいい勝負をしても角でこれだけ差がつくと勝負にならない。
ところがここでまた不思議なことが起こった。
ずっと先に行ったはずの黒旋風がリボンのすぐ前で進路妨害をしていたのである。
どう考えても黒旋風が減速してリボンを待ち構えていたようにしか見えない。
すぐに角がやってきた。
そして全く同じことが繰り返された。
少年は馬鹿らしくなってきた。
直線では互角だが角を曲がるときにあれだけ差が出来れば勝負にならないはずだ。
黒旋風の機能があまりに圧倒的なので面白くない上に、それでも必死でリボンの走行を妨害しているのは見ていて気持ちの良いものではない。
結局何がしたいのかわからない。
それからも何度も角を通過し同じことが繰り返された。
「黒旋風のやつ、だいぶ追い詰められてるな。」

少年はマーガレットの一言に驚いた。
どう見ても黒旋風のほうが圧倒的に有利に見える。
しかし、そうだとすると執拗に進路妨害を繰り返す理由がわからない。
やはり黒旋風は追い詰められているのだろうか?
答えはすぐにわかった。
何度も角を曲がり続け、見ている方ももううんざりし始めた頃、リボンは角を曲がってすぐのところで突然停止した。
少年は突然のことに驚いて身を乗り出した。
「おおっと!リボンねえさん、ついに動いた!」
実況はリボンが諦めたわけでもすねているわけでもなく、この先何か動きがあることを予想しているようだ。
先行している黒旋風も一度停止して後ろを確認しているようだったが、急に走りだした。
黒旋風はリボンを待たずに、角を曲がっていった。
これまでとは比べ物にならないほどスピードが出ていた。
黒旋風が見えなくなると、リボンはその場でジャンプした。
リボンは足をまっすぐ下に伸ばして飛び上がった。
下りてきたリボンの足が床を捉えた瞬間。
バリバリバリ!
金属の床が震えて、雷のような凄まじい音が聞こえた。
リボンの体ははじけ飛ぶように加速した。
リボンはまた壁に足をかけ、凄まじい勢いで壁を登っていったかと思うと、キュンという音がして角を曲がった先の壁を走っていた。
その間に何が起こったのか、あまりに早すぎて見ることができなかった。
「ついに出ました!ねえさんの必殺技!それではスローモーションで見てみましょう!」
画面上にスローモーションの小画面が現れた。
リボンは壁を登りながら、次第に登る角度を下げて進行方向に向きを変えていった。
そのため、頂上付近では遠心力を失い、トンネルのてっぺんにつく前に体が壁から浮き上がっていた。
宙に浮いたリボンは正面の壁に向かって飛んでいった。
リボンの体は空中で反転し、足から壁に着地した。
そしてそのまま一気に加速した。
スローモーションで見ても一瞬の出来事だった。
まさに神業だ。
気がつくとリボンは床の上を走っていた。
そして次の角が近づくと、また壁に登り同じ事を繰り返した。
壁を曲線を描きながら走るので遠回りになるが、この走り方なら、角で減速する必要がない。
壁への激突を避けるのではなく、足から着地して衝撃を吸収している。
黒旋風が必死でリボンの進路をふさいでいたのはこれを阻止したかったのだろう。
角を数回曲がったところで黒旋風に追いついた。
黒旋風は妨害を諦めたのかまっすぐ加速して逃げようとした。
次の角では黒旋風はギリギリリボンをかわしたが、直線で一気に追いつかれ、その次の角に侵入する直前に黒旋風の頭の上をリボンが飛んでいった。
一度前に出たリボンは情け容赦なく黒旋風を引き離していった。
独走状態になっても、リボンのペースはますます上がり、あっという間にメルトたちがいる部屋に戻ってきた。
リボンは凄まじい歓声に迎えられた。
「やりました!前人未到の120連勝です!凄まじい記録を打ち立てました!ねえさん今の気持ちをどうぞ。」
「みんな、応援ありがとう!管理者メルトの就任記念レースでの優勝は一生の記念になるでしょう!」
また歓声が上がった。
リボンはあちこちでロボットたちに声をかけられながら、だいぶかかってメルトたちのところまで来た。
「リボンちゃんおめでとう!」
「光栄です。お二人はこれからどうなさいますか?」
質問にはマーガレットが答えた。
「時間は十分あるからな。最下層の奥のほうまで案内するつもりだ。」
「それでしたら、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
「そういうと思ったよ。いいだろう。ついてきな。メルト行くぞ!」
マーガレットはメルトの肩を後ろから掴んで押しながら歩き出した。

第10章 墓地

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