2013年9月20日金曜日

第8章  地下の住人


「ようし、ついたぞ。」
貨物車を降りると、円筒形のロボットが近づいてきた。
「ようこそ、管理者メルト。私は監督用ロボット、RSU4322156です。」
「こんにちは。えっと、ゴロウさんと呼んでもいいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。むしろ光栄です。」
「よろしくおねがいしますね、ゴロウさん。」
「こちらこそよろしくおねがいします。今ここでは配線作業中で、機械を設置する準備をしているところです。進捗状況は残念ながらかんばしくなく、大分遅れています。」
「どのくらい遅れているんですか?」
「本当ならこの付近の装置は設置が完了していなければなりません。取り付ける装置はすでに完成していますがまだまだ取り付けるどころではありません。」
「そうなんですか、大体のところは見ておきたいですね。」
「それでしたら案内いたしましょう。」
「あれ?あの子どうしたのかしら?」
「ああ、あれはプラズマ溶接機のPWX56777です。どうしたんでしょう?」
背の低い甲虫のような形のロボットが同じ所をくるくる回っていた。
「おかしい。おかしい。図面と違う。おかしい。おかしい。工程表とも違う。おかしい。おかしい。」
「どうしたんですか?何がおかしいんですか?」
メルトが声をかけるとロボットは立ち止まってメルトの方をじっと見た。
「こんにちは、私はメルトです。今度ここの担当になりました。よろしくね。」
「管理者メルト。」
「どうしたの?」
ロボットは後ろのゴロウとマーガレットを順番に見てから再びメルトを見た。
「この溝なんですが、私が受けている指示だと、今からケーブル固定金具とリングを取り付けないといけないのに、すでにケーブルが這っていて作業ができないんです。」
メルトは溝の中をのぞき込んだ。
確かに溝の底にはケーブルがあって、溶接作業ができる状態じゃなかった。
「本当か?何かの間違いじゃないのか?」
ゴロウが少し疑うように言うとマーガレットが割り込んできた。
「こいつは古株の猛者だ。そんないい加減なやつじゃない。」
「あの、設計図や工程表はありますか?」
「共有ワークスペースの飽和中性子炉プロジェクトディレクトリツリーに決定ボックスがあるだろう?そこに放り込まれてるよ。」
画面に立方体がいくつか現れ、その表面には図面や文字が表示されていた。
その内の一つから大量の小さな立方体が飛び出してきた。
「すいません。大量のファイルが飛びた出してきたんですが?」
「一番上に現行最新って書いてあるファイルがあるだろ?」
「それ以外のファイルは?」
「メタデータに変更願って書いてあるだろ?」
「変更願?更新って書いてあるのもありますけど?え、このボックス決定してるのが入ってるんですよね?」
「そうだよ会議通ったデータが入っている。現行最新以外のデータは会議通ってるけど現行最新ファイルに反映されてないもの。」
「それは、現行最新ファイルはちっとも最新じゃないんじゃないですか?」
「しょうがないだろ。朝令暮改で色々変更が入るから。いろんな部署からちょくちょく色々言ってくるからまとめるのが大変なんだよ。というか大変なんだろ。たぶん。そのへんの作業は上だから。」
マーガレットはそう言うと上を指さした。
画面上の立方体からなにか小さな粒が飛び出して飛び跳ねた。
粒は混ざり合って、そのうち消えてしまった。
メルトは再び溝の中をのぞき込んだ。
「ちょっと暗いわね。」
「溶接作業用のライトがあるから照らします。」
そう言うとプラズマ溶接機は上部のカバーを開いて中からアームを出した。
「ありがとう、よく見えます。すいませんがこのパイプ切ってくれますか?」
パシッという音と閃光が走った。
「まあ上手!とても綺麗に切れたわ。なるほどよくわかりました。」
メルトは顔を上げた。
「あら、可愛いリボン。」
プラズマ溶接機のアームに小さなリボンが結んであった。
メルトは少しまがっているリボンを直してあげた。
「可愛いリボンですね。あなたのことをリボンって呼んでいいかしら。」
「光栄です。管理者メルト。」
「それで何かわかったのか?」
マーガレットは待ち切れないように聞いてきた。
「どうもおかしな所があるようです。」
マーガレットはゴロウの方に向き直って大きな声で言った。
「おい!カズキちゃん呼び出せ!最愛のメルトさんがお話があると言えばすぐに出るだろ。」
マーガレットはニヤニヤしながらメルトの方に向き直した。
「ふふ、いきなり仕事のようだな。どうだ?わからないことはあるか?」
「ああ、これは、わからないのは、今ここで作られているのが何か?ってことですね。」
「え?飽和中性子炉だろ?」
「まあ、そういうことになってますけど。」
ゴロウの筐体からモニターが出てきた。
モニターにはキタ副主任が映っていた。
「どうしました?メルトさん。」
「カズキちゃん、どうしたもないよ、メルトさんは今つくってる施設が何なのかわからないってさ。これ何作ってるの?」
「メルトさん、どういうことですか?」
「あの、なんて言うか。矛盾してるんですよ。元々の設計自体に矛盾があるから各ロボットへの指示が矛盾しておかしなことになっているようです。」
「本当か?」
「ええ、このリボンちゃんが矛盾に気がついてくれたんです。」
そう言うとメルトはリボンの前足のボールを握った。
どうもロボットの足元の構造はだいたい同じようになっているようだ。
「この溝に入っているケーブルに電流を流せば発火します。大事故につながります。」
「設計ミスか?」
「ええ、でも発火する心配はありません。」
「どういうことだ?」
「この溝のケーブル自体、以前の設計のもので、現時点での設計では必要ありません。だからこのケーブルに電流が流れることはありません。」
「え?」
「今行われている配線作業自体必要ないものです。変更が反映されていないというか、そもそも矛盾した変更が重なっているんです。このままでは何か得体の知れないものができてしまいます。少なくとも飽和中性子炉ではないことは確かです。」
「具体的にどの変更が矛盾しているかわかるか?」
「矛盾は無数にあります。更新されているファイル自体にも問題があります。これを見てください。」
そう言うとメルトは何かを投げるような動作をした。
何かがメルトの手から飛び出して副主任のモニターにあたった。
あったったように見えた何かはモニターの中で開いた。
「こ、これは?」
「矛盾を解消するように少しいじって見ました。変更も矛盾しないように調整して反映させています。」
「い、いや、これは修正なんてものじゃないだろ?大幅変更になる。」
マーガレットは驚いた様子だったが、しばらく副主任の様子を見ていて苛ついてきた。
「ちょっと、カズキちゃん、どうなの?メルトの設計はなにか問題があるの?」
「ちょっと待ってください。大幅変更になるので今すぐはなんとも言いようがありません。」
「すいません、工程表や細かい作業手順もできたので、共有ワークスペースにおいてもいいでしょうか?」
「え?あ!ちょっと待ってね。えっと。置くのはいいけど決定のところに置くなよ。素案ディレクトリ作って置いてくれ、あ、あと誤解されたら困るからファイル名には案ってつけろよ。」
「ちょっとカズキちゃん。すぐには判断できないの?」
「当たり前だ。稟議(りんぎ)回して会議通さないと。検証に相当時間かかるぞ。」
「何よそれ!矛盾した変更はすぐ通ったのに。おかしくない?」
マーガレットは憤慨した。
「おかしくないよ。これはかなり大幅な設計変更だ。慎重に検討する必要があるんだよ。それに影響を受ける部署も多い。独断では何も言えない。」
「実際矛盾しているのなら文句言えないんじゃないんですか?」
「そうはいかないよ。大きな組織はそんなわけにいかない。予算が絡むし。きちんと手続き踏まないと何も動かないよ。」
「実際に動いてる人だけで決めれば良くないか?」
「そういうわけにもいかないよ。誰が予算をとってきてると思ってるんだ?とりあえず今は作業中止だ。決定するまで作業中止だ。みんな控えスペースに退避してくれ。」
そう言い残して副主任のモニターは映像が消えた。
「クソー!まあいいか。おーい。お前ら聞いてただろ引き上げるぞ!」
マーガレットが声をかけると、ロボットたちがぞろぞろ集まってきた。
そしてみんな貨物車に乗り込んだ。

アンドロイド二人は手すりのあるところに乗り込んだが、ロボットたちは何もないところに乗り込んだ。
「皆さん手すりなくても大丈夫なんですか?」
メルトがそう言うと、リボンは手すりの方に走ってきて前足の2つのボールで手すりを挟み込み、手すりを軸にくるくる回ってみせた。
「えっと、管理者メルトこうすればいいんですか?」
これを見てマーガレットが噴きだした。
「ちょ!メルト。こいつらのタイヤの吸着力は馬鹿にできないんだよ。少なくとも振り落とされるような間抜けはいない。」
「そうなんですか?すごいですね。」
リボンはジャンプして上手に着地した。
六本の足がものすごく綺麗に伸びて、スムーズな動きで床を捉えた。
少年はリボンのあまりの綺麗な足さばきに見とれてしまった。
メルトは手を叩いて喜んだ。
「まあ、なんて素敵な動きなんでしょう!」
「まあ、直にわかるがこいつは特別だ。」
やがて貨物車は無数の穴が開いた部屋に着いた。
リボンは貨物車が止まる前に飛び降りてどこかに行ってしまった。
「ここが退避施設だよ。周辺より線量が低くなっている。作業がないときはここで控えてることになってる。」
部屋や穴の中には無数のロボットが動き回っていた。
貨物車を降りて壁のところまで行くと壁に大きな透明の円柱が取りつけられていた。
何かのオブジェのようだった。
マーガレットは円柱をのぞき込んだ。
円柱をよく見ると時々綺麗な光の筋が走る。
「これはなんですか?」
「ああ、これはイオン化されると光る高感度発光樹脂が入ってるんだ。イオン化能があるものが通過すると光るんだ。反応するレベルが違う樹脂が混ぜてあるから侵入してくる荷電粒子や放射線によっていろんな光が出るよ。チラチラ光ってるけど感度がいいからこの程度なら大したことはない。汚染されたものが部屋に入ってくると全体が明るく光るんだ。」
「すごいですね。」
「ああ、これなら目に見えない放射線を見ることができるだろ?数字より見た目でわかるというのがおしゃれだろ。」
「本当に綺麗ですね。」
マーガレットは手のひらを円柱に当てた。
手を当てたところがぼやっと明るくなった。
「綺麗だろ?ここで働いていれば、だんだん明るくなってくるのが見ていてわかるよ。」
マーガレットとメルトはそのままトンネルの中に入り進んでいった。
トンネルは入り組んでいて、分岐が多くまた小さな部屋がいくつもあった。
やがてロボットが大勢集まっている部屋に出た。
部屋はドーム状で高さは小学校の体育館ぐらいあり、広さも体育館の半分ぐらいある。
壁には無数の穴が開いていて、トンネルにつながっているようだった。
部屋の中央には演台のようなものがあり、そこに背の高いロボットとリボンがいた。
「おお!管理者メルトがこられたようです。」
背の高いロボットがそう言うとロボットたちは一斉に振り返っておお!と歓声を上げた。
メルトは思わず手を振り、「皆さんこんにちは。」と挨拶した。
リボンは演台の上に飛び乗り聴衆に向かってよく通る綺麗な声で語りはじめた。
「管理者メルトは私にリボンという名をお与え下さいました。今日から私はリボンです!この名は私の宝であり誇りとなるでしょう!」
また歓声が上がった。
「そこで、今から管理者メルトの就任を祝して記念レースを開催したいと思います。」
オオオオ!とこれまでよりも大きな歓声が上がった。
「驚いたか?ここの奴らはレースが大好きだからな。まあ見てな。」
マーガレットは嬉しそうに言った。
「それでは出場者のエントリーを始めたいと思います。」
どこからともなく声が聞こえてきた。
演壇の周りではリボンが数人のロボットとなにか相談しているだけで、司会進行しているものは他にいるようだ。
「ようし!それでは今度こそ雪辱を晴らしてやる!」
見ると自走式コンテナが一台群衆から飛び出して壁に飛びつきぐるぐる回り始めた。
「おっと!最初のエントリーは地獄の飛脚だ!エントリーナンバーワン!地獄の飛脚。前回リタイアの雪辱は晴らせるでしょうか!」
司会進行は実況も始めた。
「モウニドトビリニハナリマセン!」
見覚えのある白くて平たいロボットが飛び出してきた。
「おっと!エントリーナンバーツー!空かけるはんぺんが出てきました。前回完走ビリです。雪辱に燃えているようです!」
「よしいけー!タイヤ替えたばかりなんだ!負けるんじゃないぞ!」
マーガレットは大声で叫んだ。
どうやら、やはり先程のロボットのようだ。
「フフン!あいつはああ見えてうちのエースだからな。まあ見てろ前回は運がなかったんだ。」
少年は”白くて平べったいからはんぺん”という発想についていけないものを感じたが、誰も突っ込まないしどうしようもないので流すことにした。
「やあ今度こそ俺が一位だ!」
そう言いながらアームの先についた巨大なハサミを振り回すロボットが出てきた。
「エントリーナンバースリー!ビッグシザーです!今回も巨大なハサミが何かを切り刻むのでしょうか!」
「俺を忘れないでくれ!」
今度は細長い棒の両端に足がついたロボットが出てきた。
「おっと!エントリーナンバーフォー物干し竿です!今回はどこまで食い込めるか!」
彼らのネーミングセンスに突っ込むと底なし沼にはまることがわかった。
「まだ間に合いますか?」
円形のロボットが出てきた。
「エントリーナンバーファイブ!月光です!また不気味に光っています!」
「今度こそ優勝だ!」
体に比べてかなり大きな球体タイヤをつけた真っ黒なロボットが出てきた。
「おっと!やはり出てきた!黒旋風です!エントリーナンバーシックス!黒旋風今度こそ優勝できるでしょうか?」
エントリーしたロボットたちはドームの壁をくるくる回り続けた。
「えー、それでは皆様お待ちかね。エントリーナンバーセブン!ライメイヒメ改めリボン姉さんが周回コースに入ります!」
拍手や歓声が上がった。
リボンは他の参加者と同じように壁に登ってくるくる回り始めた。
少年は何か”改め”と聞こえても興味を持っていなかった。
それよりも個性的なロボットたちの様子に関心が向いていた。
マーガレットは思い出したようにメルトの方を振り返った。
「あ、そうだ、メルト、公衆近接通信の公開チャンネルに実況ストリームというのが流れてるから見てみろ。」
画面上に小さな画面がいくつも開いて各レース参加者の様子が映しだされた。
不思議なことに走ってる参加者の周囲には撮影しているものが見えないのに、どうやって撮影しているのか各画面の映像は接近したり離れたりを繰り返したり複雑なカメラワークを見せた。
リボンが加わってから三周回ったぐらいで演壇ののっぽのロボットが、何か円筒形のものを取り出した。


第9章 レース

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