2013年9月20日金曜日

第7章  地下の世界


「本当に驚いた!トシヒコもカズキもあっけにとられていたわね。」
「そんな大げさなことなんですか?」
メルトはマーガレットと廊下を歩いているようだ。
「そりゃそうだろ。いきなり普通に挨拶して。あっという間にネゴシエーション完了って。」
「え?普通に挨拶しちゃダメなの?」
「いや、ダメじゃないけど。なんて言うか。普通だけど、普通じゃないっていうか。」
「よくわかりません。皆さんに挨拶しろと言われたから挨拶しただけですよ?」
「ああ、説明のしようがないな。まあ、ひとつ言っておくと全ノードとネゴシエーションって。半日は覚悟してたんだ。」
「え?そんなにかかるものなんですか?」
「そりゃそうだろ。1250万3945ノードもあるんだぞ。しかも、プロトコルが結構ばらばらで木に竹を接いだようなシステムなのに。うっかりしてると解析だけで半日潰れる。」
「でも、皆さん私に興味と好意をもってくれて。皆さんが私を受け入れてくれた。それだけのことでしょ?」
「ああ、もう、本当に説明のしようがないな。でも、なんかすごいな、第六世代はみんなあんなことできるのか?」
「よくわからない。キツカちゃんはすごいって言ってたからどうなんだろ?」
「キツカちゃん?」
「学校時代のルームメイト。」
「ふーん、驚いてたのならメルトさんはやっぱり特別なのかな?」
「そうかも。」
「まあ、そのおかげで今日の予定は一気に前倒しできるわね。現在位置わかるわね?」
「えっと、ここが隔壁のゲート?」
「おお!優秀、優秀、仕事が楽でいいわ!これでたら外の連中が待ってるから。」
目の前には大きくて物々しい鋼鉄製の扉があった。
扉の横には赤いランプが光っていたが、すぐに青いランプに変わった。
扉はゆっくりと開いた。
扉の内側は紫色の照明がついていて風の音が聞こえる。
「こっち側は気圧が高くなってるから空気が逃げるから早く閉めないといけない。急いで。」
そう言うと二人は急いで中に入った。
二人が入ると扉はすぐにしまった。
二人が細い通路をしばらく進むと、また扉の前についた。
「ひらけごま!」
マーガレットが言うと扉が開き始めた。
「こっちも急いでね。」
「音声認識?」
「いや、近接通信に決まってるだろ。掛け声かけたほうが気分が乗るから。」
二人は完全に扉が開ききる前に急いで外に飛び出した。
外は大きなかまぼこ型の半円のトンネルになっていて大きな機械が並んでいた。
手前には小さな機械が動き回っている。
「えっと、この辺にいるのが上層中心エリアの補修組。この辺は線量が少ないから防護施設はない。」
「皆さんよろしく。」
小さな機械がメルトの周りに集まってきた。
「新しい管理者、メルトさん。」
誰かがそう言うと、小さな機械は一斉にブザーを鳴らしてアームを振り回した。
「まあ、歓迎してくれるの?ずいぶん可愛らしい皆さんですね。」
すると、遠くの方で大きな音がした。
音のする方を見ると、大型の機械がアームや何か棒のようなものを振っているようだった。
「まあまあ!あちらも歓迎してくださっているんですね。皆さん有難う。」
そう言うとメルトも手を振り上げて思いっきり振り返した。
「先は長い!そろそろいくぞ!」
見るとマーガレットは乗り物に乗っていた。
乗り物は平らな台の上に手すりがついただけの簡単なもので、よく見えないが球体のタイヤが付いているようだった。
広さはせいぜい畳一畳分ぐらいで特に目立つ物は何もついていなかった。
メルトが飛び乗ると、車はゆっくり動き出した。
しばらく進むと広い場所に出た。
正面には巨大な扉が三つ並んでいた。
「ここがエレベータ室、貨物用エレベータの荷受場。搬入される荷物はここで受け取るから。上にクレーンが見えるでしょ?」
上を見ると大きなクレーンが天井に取り付けられていた。
「ここは貨物放置禁止だから注意してね。すぐそこの留置線に貨物車が待機してるから呼んだらすぐくるからね。受け取った貨物はすぐに貨物車にのせてね。」
「わかりました。」
「ちょっとクレーン動かしてみる?」
「ええ?いいんですか?」
「いや、いいも何も、あなたは今日からここで働くんだから。今日は試しで動かしてみなさい。」
画面に小さな画面が4つずつ二列で計8つ開いた。
画面にはそれぞれ違う角度からメルトたちを映していた。
そしてその画面の下にバラバラのタイミングでOKという文字が表示されていった。
全部の画面の下にOKと表示されるとメルトは「よし!」といって、クレーンは動き始めた。
クレーンは前後左右に自由に動いてもとに戻った。
「8人の人工知能がOK出さないとダメなんですね。」
「当たり前でしょ。監視用電子頭脳が各所に設置されてるし。実際の作業時には監督用ロボットも立ち会うことになってるから。万が一の事故も許されないから安全第一なのよ。最終的に責任を持つのは管理者のあなたなんだから忘れないようにして。」
「はい。」
「実際に作業するときは他のロボットにやらせて、監督していなさい。」
「え?見ているだけなんですか?」
「貨物車にやらせればいいわ。あいつら慣れてるから。わからないことがあれば彼らに聞けばいい。」
「監督するだけでいいんですか?」
「もしかして勘違いしてない?監督するのも重要な仕事よ。特に注意が必要な作業の時は監督が全体をきちんと見渡していないと非常時に対処できないでしょ?別に楽をしろと言ったつもりはないわよ。」
「すいません。」
「わかってくれればいいのよ。安全第一は徹底してね。」
マーガレットは振り返ってエレベータの反対側を見た。
「ここから各所に軌道が伸びているから。」
みると扉と反対側の壁の際には鉄のレールが何本か敷いてあり、その先はトンネルの中に消えていた。
「次行こうか。」
一行は先程の車に乗った。
車はいくつかあるトンネルの一つに入って行った。
しばらく進むと何かを叩く音が響いてきた。
「この先が大型機器の工作室だよ。」
「大型?」
「ああ、大型の機器専用の修理工場だよ。今はシールドマシンの補修をしている。本当は下層の工作室を使うんだけど、作業の遅れで設備が間に合わないから上にあげてきたんだ。」
音が近づいてくるとトンネルの横に大きな入り口が開いていて、車はその中に入って行った。
中には巨大な円柱形の塊が横たわっていてその周りに無数のロボットが集まり作業していた。
「皆さんご苦労様です。これがシールドマシンですか?」
「ああ、まだまだ管理しないといけない廃棄物が増えるから最下層の保管用トンネルをまだまだ拡張する必要があるんだよ。見てご覧、先端部の発振シリンダーを交換しているんだ。」
「まあ、下に置いてあるほうが交換した古い方?」
「ああそうだな。よく見てみろ、随分歪んでるだろ?これ以上金属疲労がたまると破裂の危険がある。」
「ずいぶん大きいですね。もう少し小さくならないんですか?」
「小さいってどのくらい?」
「手に組み込めるぐらいのサイズとか。」
「原理的には可能なんだが。絶対無理だろ。」
「え?可能なのに無理なんですか?」
「当たり前だ、ほんとに必要のない知識は抜けてるんだな。」
「え?なにか理由があるんですか?」
「ううん、なんと言っていいか。要するに許可が降りないんだよ。超空間物理学的には可能だけど。この場合時間軸方向に、ううん、対象粒子の位置と時間を圧縮するというか時間軸方向に自由度を減らすから。そういう研究や開発は厳しく制限がかけられてるから、許可が必要。」
「許可は出ないんですか?」
「う!随分おめでたいオツムだな。自分がなに言ってるかわかる?」
「え?」
「ここに来る時に、国際管理機構の砲台見なかった?」
「見ました。」
「でかかっただろ?」
「ええ。山の上にあんな物よく乗せられましたよね。」
「あれだけでかくないと、遠くの宇宙戦艦をバリアーを消し飛ばして撃破できないんだよ。」
「物騒ですよねえ。」
「それがだな、もし、時間軸方向から観測することができたらあらゆる障壁を乗り越えて内側を探知することができるし、そのまま干渉することが出来れば破壊することもできる。ようするに重要部品をピンポイントで破壊できる、それがどんなに強い物質だったとしても、干渉に耐えられる物質は存在しない。」
「どういうことですか?」
「DOW、ダイレクトオーバーザワールドシステム、超空間物理学により実現したシステム。デルタタイムスキャンであらゆるものへの探知と干渉が可能。低出力で干渉能力の小さいものは医療目的初め一般に許可されてるけど、出力が大きくなると許可は出ない。人間の体内をモニタするぐらいならいいけど、それ以上は不可。当局は情報公開していないから本当の所はわからないけど、民間の軍事シンクタンクが大出力のDOWシステムを搭載したアンドロイドを使用した場合のシュミレーションをした。結果は凄まじものだった。大型宇宙戦艦を何百隻投入しようが瞬殺される。戦争と呼べるものではない、一方的に破壊されるだけ。もはやミリタリー・バランスがどうのというレベルの話じゃない。どう考えても許可なんておろせない。」
「何百隻?」
「とてもじゃないけど無理だ。もしそんなものが許可されるとしたら時間公安ぐらいだろう。そんなものが必要なのも時間公安ぐらいだろ。他じゃとても管理ができないだろうし。それに、ここはこれで間に合ってる。これ以上の技術は必要ない。」
「そんなに大変なことなんですか。」
「大変というか、なぜこだわる?」
「こだわってるわけじゃないけど、なんとなくそれぐらいできそうかなっと思ったんです。」
「随分お気楽な思考回路だな。次行くぞ。」
車は更に先に進んでいった。
やがて車は大きな部屋に入っていった。
「ほらここがロボットのオーバーホール工場だ。すごいだろう。」
すごいと言われても、広い部屋に大きな機械が置かれているが大きすぎて壁を突き抜けて両隣や上の部屋につながっていて、何がなんだかわからない。
見えてはいないが、おそらく下の部屋にも続いているのではないだろうか。
ただただ巨大という以外には何もわからなかった。
「えっと、あの、この中でロボットが修理されてるんですか?」
「ああ、ここが装置の心臓部でこの中で最終工程が行われている。」
「最終工程?」
「ああ、修理が完了した部品が組み立てられて元通りになる。」
「元通りになったロボットは?」
「この下の階で検査して出てくる。」
「分解や修理は?」
「分解は上の階、修理は部品ごとに上の階とこの階の他の部屋。」
「じゃあこの眼の前の機械の中で組立だけが行われてるんですね?」
「そうだな。」
「それって見られるんですか?」
「デリケートな作業なんで完全に密閉された中で行われている。だから窓もないから当然見えない。」
「え?それじゃあここに来ても機械が大きいってだけしかわからないのでは?」
「まあ、それがわかれば十分じゃないか?中が見たければ、時々この施設自体を解体修理するからその時見に来ればいいよ。」
「要するにブラックボックスという事ですね。」
「だから解体修理の時に見に来れば見られるって言ってるだろ?次行くぞ。」
車は隣の部屋に入っていった。
部屋の中央には天井から無数のロボットアームやよくわからない装置がぶら下がっていて床の上には機械がたくさんついている台がおいてあった。
台の方にもロボットアームがついているようだった。
台の上には白い板のようなものが置いてあり、その板の中央部から六本の棒がつきだし、その先端には黒い球体がついていた。
「こんにちは。」
メルトは白い板に向かって挨拶した。
「コンニチハ、カンリシャメルト。」
白い板は、抑揚のない古いコンピュータのようなしゃべり方だった。
「こいつはうちの部署の運搬用ロボットだよ。」
マーガレットの言葉で、少年は白い板が裏返しになったロボットだと気がついた。
これまでロボットの足回りがよく見えていなかったが裏返しだとその構造がよく見えた。
上からは球体のタイヤがかろうじて見えていたが、こうして見るとタイヤは中央部から放射状に長く伸びた足の先についているようだ。
おそらく長い足がサスペンションの働きをするのだろう。
普通の乗用車のように車輪を四隅につけたほうが丈夫かもしれないが、このほうが姿勢を自由に変えられそうだ。
不思議なことに先端の球体はどうやって足に固定されているのかわからなかった。
足の先端は丸くなっていて、その先に球体がついているのだが、どうも少し離れているように見える。
見ていると、ロボットアームが足先を固定し、吸盤のような装置が球体を吸い付けた。
吸盤の方は球体をつけたまま回転し始めた。
すると不思議なことに球体がネジを回したように足から少しずつ離れていった。
足と球体の間は何も見えないのに、球体はネジのように動き続けた。
どうやら、球体は磁力ではなく、少年の知らない力で足についているようだ。
やがて球体が完全に外れると、マーガレットは球体を手に取り見ていた。
「お前、何度も言ってるだろ?すり減り方が不均衡なんだよ。アルゴリズムを言われたとおりに変えろよ。」
「チュウイハシテイマス。」
「注意していても仕方がないだろ?均等に磨り減るようにむらなくタイヤを回さないと。」
二人が話している間に新しい球体のボールが取り付けられていた。
取り付けるときもネジのように回転しながら足に近づいていき固定された。
「面白いですね。」
「やっぱりメルトは変わってるな。まあいい、次行くぞ。」
そう言うとマーガレットは歩き始めた。
今度は車に乗らないようだ。
部屋から出て通路に出ると線路が通っていて、貨物車が停まっていた。
貨物車は片側の端に手すりがついていて、平たい荷台の上はそれ以外はなにもなかった。
二人は貨物車に乗って手すりにつかまった。
貨物車はゆっくり動き始めた。
「長距離移動や重量物を運ぶときはこれを使う。行き先を指示すれば経路検索や各種手続きは貨物車がやってくれるから。貨物運ぶときは積荷のチェックもしてくれるから。最終チェックはしっかりしてね。」
貨物車は複雑に分岐と合流を繰り返す線路を走り続け、やがて坂を下りはじめた。
坂の途中に突然扉が現れた。
扉に貨物車が近づくと貨物車は速度を落とし、扉が開いた。
扉を抜けると風が吹きつけてきた。
そしてすぐに次の扉を抜けた。
2つ目の扉を抜けると、風が収まりまた普通の通路に戻った。
同じような関門を何回かくぐり抜けると、やがて坂が終わり線路は平坦になった。
「もう中層部に入った。この真上が未臨界炉のビームラインなんだけど、まあわかりにくいよな。」
更に進むと、ゴウゴウと大きな音が聞こえてきた。
やがて広い場所にでた。
柱の多い広間で、柱越しに見ると大分向こうまで続いているようだった。
広間には無数の配管がからみ合いながら広がっていた。
「ここが気体処理施設だよ。施設中の空気はここに送られ、処理されて再び各所に送られる。」
「空気を綺麗にしているんですか?」
「まあ、綺麗というか。放射能レベルを少し下げているだけなんだけど。」
「完全に分離はできないんですか?」
「うん、フィルターで微粒子は除去してるけど、希ガスなんかはどうしようもないからね。濃度が上がり過ぎないように監視して、上がったからと言って有効な除去方法もないので希ガス以外のガスのガス圧上げてごまかしてるだけ。」
「希ガス以外はコントロールできるんですか?」
「窒素、二酸化炭素、酸素は液化して分離、更に比重でそれぞれ放射性核種を分離している。と言ってもすべて取り除くのは無理だからあくまで基準値以下に抑えているだけ。」
「分離した核種はどうするんですか?」
「管理しやすい形に変えて保管する。今のところそれ以外の解決策はない。まあ短寿命核種がほとんどだからしばらく保管すればレベルが下がる。問題はその保管スペースが苦しいという事なんだが。」
「だからシールドマシンでトンネルを掘り続けないといけないんですね。」
「ああ、今のところ放射性物質は増える一方だ。地上からもまだまだ受け入れなければならない。まあ量的には水素のほうが厄介だがな。汚染水の処理施設はこの向こうなんだが、まあ見てみればすぐわかるが、ちょっと覚悟したほうがいいぞ。」
「トリチウムは燃料に利用するんですよね?」
「まあ、そうなんだが。燃料用に必要な量は限られている。それ以上は回収しても保管が大変だから回収しない。」
「設備が間に合ってないんですか?」
「設備が云々以前に、この施設の有り様自体が限界を超えてるのがよくわかるよ。」
「よくわからないけど、なんだか大変そうですね。」
「ああ、可能な限り中で物質を循環させる必要がある。外に汚染を広げるわけにはいかない。構内の圧力が高すぎると外に漏れる恐れがあるし、低すぎると、なにせここは大深度地下だから外壁の隙間から色々入ってくるし、圧力差で外壁が壊れるかもしれない、細かく調整しなければならないんだよ。」
次第に大きな滝のような音が聞こえてきた。
貨物車がしばらく進むと線路と並行して深い溝が走っているところに出た。
のぞき込むと、勢い良く水が流れていた。
やがて水の音は巨大なごう音になっていった。
なにか巨大な滝があるようだった。
貨物車は大きなドーム状の空間に出た。
ドームの中央には大きな円柱の柱が立っていて、下は巨大な湖になっていた。
よく見ると円柱の足元から水煙が上がっているのが見えた。
「すごいですね。」
「ああ。あの柱は排熱装置につながっている。この施設の排熱を一気に大気圏外に放射して冷却している。流れ落ちてくる水は各施設から出た水蒸気を冷却したものだよ。この水はこのまま冷却水として再び利用される。」
マーガレットは湖を指さした。
指差す先には小さな島が見えた。
「あれは放射性核種の分離施設だよ。比重差を利用してトリチウムを含んだ水を取り除いている。」
「小さいですね。」
「ああ、トリチウムはどうしようもない。トリチウムがまずいところでは長期間貯留した水を使っている。液化水素と液化酸素から水を作ることもできるが大量に用意することができないからな。」
画面上に小さな画面が現れて、島にズームした。
島の上では無数のロボットが作業していた。
少年はぎょっとした。
比較するものがなくて、よくわからなかったが、ロボットの大きさから考えると島の大きさは決して小さなものではない。
少なくとも小さな町ぐらいの大きさはある。
という事は、この地底湖は半端な大きさではないことがわかる。
貨物車は速度を上げ再びトンネルに入っていった。
「次は、いよいよ飽和中性子炉の建設現場だ。」
今度は少し時間がかかった。
どうやら飽和中性子炉はかなりはずれの方にあるらしい。
列車が速度を落とし始めると前方に作業中のロボットの一団が見えた。


第8章 地下の住人

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