2013年9月20日金曜日

第6章  放射性物質管理センター


少年はすぐに「次の映像」とつぶやいた。
少年はだいぶ円盤の操作に慣れてきた。
すぐに次の画像が始まった。
「へえ、65031さんとは同期なんですか。」
「ええ、彼とは同じ時期にトラバーサで行ったり来たりしていた仲ですよ。私も以前は市内線走ってたこともあるんですけど。郊外線の支線に配属されてからは連絡もとってませんね。」
「薄情なものね。私とキツカちゃんなんて離れ離れになって連絡とりたくてもとれないのに。会社もおんなじなんだからいくらでも連絡できるでしょ?」
「まあ、それはそうなんですけどね。こちらに来たらきたで、新しいつきあいもあるし。とんとごぶたさになっちゃってますね。あ、お仕事お仕事!ちょっと待ってくださいね。」
「お仕事?」
モニターに映ったリボンをつけた電車のキャラクターが姿勢をただした。
「本日はご利用いただきありがとうございます。当列車は軌道工事区間通過のため徐行いたします。お急ぎのところ申し訳ありません。しばらく徐行いたします。」
「私は別に急いでないけどね。」
そう言うとメルトは窓に近づいて外を見た。
列車は堀切を走っているようだった。
堀切が終わると列車は元々それほど速くなかった速度をさらに下げて歩くぐらいの速度になった。
堀切の先は盛土になっていて無数の小さなロボットが斜面に集まって作業しているようだった。
堀切を抜けて周りの景色がよく見えるようになったが、周りは全て緑の山で道路も建物も何も見えなかった。
川にはかろうじて護岸工事の痕跡が見られるがそれ以外は木や草しか見えない。
軌道周辺以外は人工的なものが何も見えない。
「昼間に保線作業してるんですね。」
「ええ、この路線は貨物列車ばかりだから。旅客列車は私だけ、一人で往復してるだけだから昼も夜もないのよ。むしろ夜間の搬入のほうが多いから。」
「夜間のほうが多いの?」
「ええ、施設の作業スケジュールの関係で夜間の荷受が多いのよ。搬入物によっては他の貨物と隔離する必要があるから幹線では夜間しか運べないし。」
「へえ。来客は少ないんですか?」
「ほとんど地上部職員だけ。身内ばかりよ。あなたみたいな地下部配属は一方通行だし。」
「え?ああ。それはそうね。」
「あ、ごめん無神経なこといっちゃったかしら。」
「いえ、いいんです。当たり前の話なんだし。」
列車は再びスピードを上げた。
カーブを曲がると急に真っ白な人工物が目に入ってきた。
小さな山の上半分が切り取られ、真っ白な建物が立っていた。
建物はまっ平らな台形の壁しか見えず、窓やひさしも何も見えなかった。
「あれは?」
「ああ、国際管理機構の軍事セクターが駐屯しているのよ。何でも軌道上の大型宇宙戦艦を跡形もなく消し飛ばせる重火力が置いてあるらしいわよ。」
「ええ?なんだか物騒な話ね。そんなもの必要なの?」
「だってここ地球圏では数カ所しか無いプロトニオン、トリチオニオン混合燃料特定取り扱い管理施設だから。常時監視警戒してるのよ。私は旅客輸送機器だからそれ以上はよくわからないけど。」
「プロトニオン!トリチオニオン!ああ、なんだか知らないけど取り扱い資格は卒業式の日にもらった。よくわからないけど。」
「え?よくわからないって。結構ヤバイ物質でしょ?わからなくても資格だけもらえるものなの?」
「プロトニオンはよく使うでしょ?トリチオニオンを一定以上の比率で混ぜたらヤバイってことさえわかってればいいんじゃないかしら。」
「え?そんなのでいいの?」
「いいも悪いも、まあ、何とかなるんじゃないの?」
「なんてお気楽な!ああ、もうじき終着駅よ、ちょっと待ってね。」
画面上のリボンをつけたキャラは再び姿勢をただした。
「ご利用いただきありがとうございます。間もなく終着、放射性物質管理センターです。」
「乗客は全員職員なんでしょ?」
「ほとんどね。降りたらホームをまっすぐ進行方向に進むと受付に出るから。」
急に外が暗くなったと思うと列車はホームに滑り込んだ。
駅舎はよく見えなかったがどうも地下らしい。
「どうもありがとう、バイバイ!」
扉が開くとメルトは列車から飛び降りた。
言われた通りホームをまっすぐ進むとそのまま広い廊下につながっていた。
廊下の先には高い吹き抜けの広い場所に出た。
真ん中に受付が見えたので近づくと受付の前に背の高い男性が立っていた。
男性はメルトに気がつくと駆け寄って来た。
「おーい!君新入りだろ?近接通信オフにしてるだろ?」
「え?」
「ははは、僕はキタカズキ、君が配属される新型飽和中性子炉開発チームの副主任だ。」
「は、はじめまして、私はUSRR23153543メルトです。ええっと3月6日生まれです。」
「う、やっぱり冗談じゃなかったのか、ほんとにメルトなんだ!いや、すまん。」
「え?私の名前がどうかしましたか?」
「いや、気にならないか?」
「え?メルトっていい名前でしょ。」
「ああ、いい名前だと思うけど。ただ、サンシロウの奴、いくらなんでも悪趣味すぎだろ。」
「サンシロウって、淡岸博士のことですか?」
「ああ、そうだよ、昔からの腐れ縁なんだ。とにかくあいつは自由すぎるんだよ。悪気はないんだろうし、奴なりに考えがあるんだろうけど。でも、さすがに耐放射線アンドロイドにつける名前じゃないだろ。奴はげんを担いだと言ってたけど。」
「げん?」
「ああ、こいつが倒れたら大変、終わりだって意識で作らないとって言ってたな。」
「え?」
「いや、まあ、君が倒れたら大変ってことさ。」
「よくわからない。」
「わからないなら仕方がないな。それだけ期待が大きいという事さ。まああいつはああいうやつだから。あいつなりの愛情だと思えばいいよ。若干非常識だけど。」
「淡岸博士と仲がいいんですね。こちらにもよく来るんですか?」
「あ、いや、あいつは絶対来ないだろうな。ここはあいつの言う産業主義者の巣窟みたいなところだから。」
「そうなんだ。」
「でもプロジェクトが行き詰っているって話したら、俺に任せろって言ってくれた。やたら自信たっぷりにね。」
「なんだかわかるような気がします。」
「なんだかいい資金源が出来たんで贅沢な設計が可能だから期待していろと言われたんだが。あいつまたヤバイところに首突っ込んでなければいいんだが。」
「ふふ、そうなんですか。でも博士にはマコさんとサチコさんがついてるから大丈夫じゃないでしょうか?」
「そうだといいんだが。」
「心配なんですか?」
「まあ、あいつの心配してもどうなるわけじゃないんだけど。」
「それでも気になるんですね。」
「まあそうだな。まさに腐れ縁だな。」
キタはメルトに手を差し出した。
「とりあえず、握手してくれ。」
メルトはキタの手を握った。
キタは嬉しそうに笑った。
「よく来てくれた。」

「えっと、手続きはここでいいんですか?」
「あ、そうか。ここが受け付けだよ。」
「いらっしゃいませ。」
受付には長身の女性が待ち構えていた。
「この子は、うちの新入りだ。」
「連絡は受けています。こちらに手を当ててください。」
女性はそう言うと机の上の白い板のようなものを指さした。
「こんにちは、USRR23153543メルトです。3月6日生まれです。えっとここでいいんですね?」
メルトは楽しそうに板に手を置いた。
次の瞬間、あたりは光に包まれた。
「データ要求を確認。権限昇格を確認、グループ追加、飽和中性子炉プ。必要データのロードを開始します。構造化インデックスの作成を開始します。」
聞き覚えのある感情のない声が聞こえてきた。
光は小さな粒に砕けてメルトの周りを踊るように飛び回り始めた。
「インデックスデータの作成中。」
光の粒は次第に動きが揃い、くねくね動く紐のようになった。
光の紐はやがて消えていった。
「構造化インデックスデータ保存、メタファイル作成、リンク作成、データチェック開始。」
キタと受付の女性は黙ってメルトを見ている。
「データチェックOK,呼び出しテストOK,階層化テストOK、スペクトラムフィルタ作動テストOK、仮想ワークプレース書き込みテストOK、システムをリブートします。」
目の前が一瞬暗くなったがすぐ元に戻った。
「システム正常に起動。必要なデータは適切に格納されました。」
メルトは手を板から離して肩がこったようにうーんと伸びをした。
「一応、説明は聞いているんだけど、これで必要な知識を取り込んだのか?」
キタは不思議そうな顔で見ている。
「え?ええっと。何と言うか、ちょっと説明しにくいですね。漠然と聞かれても困るので具体的になにか聞いてみてください。」
「そうか、それなら安全範囲でのプロトニオンとトリチオニオンの配合法は?」
「えっと、直球できましたね。プロトニオンの直線拘束流に超流動ノズルを挿入してトリチオニオンが三分の一の流速になるように流し込みます。」
「配合比率の確認は?」
「レオロジカルコイルに誘導してサンプリングするのが一番効率的。静止状態にするのは効率が悪いから。もっと言えばレオロジカルコイル内で過不足があるようなら還流させて再添加させます。最終的に静止槽で静止状態にしてからガス化定量分析をして補正値を求めます。極微量とは言えトリチウムの原子核が崩壊しますからね。」
「なかなかいいな。それならもっと直球に、飽和中性子炉の作動原理を簡単に説明してみてくれ。」
「安全範囲内のプロトニオン、トリチオニオン混合燃料を減衰場に封じ込め、マクロフォロナイズしてβ線と陽電子を絞り出し、減衰場で消滅させ超加速中性子を生成、燃料内に充満させ、プロトンを活性化させて反応しヘリウム核を生成。この過程でさらに超加速中性子を生成。超加速中性子の生成と消費がつりあう飽和状態を長時間維持させることにより超加速中性子を利用した反応をすすめることができる。」
「とりあえず基礎はOKみたいだな。計算問題は、ちょっと数字が思いつかないからまたにしよう。」
少年は少し驚いた。
メルトはさっきまでよく知らないと言っていたのに、急に専門用語を乱発して難しい話を始めた。
「ああ、それとここではリサイクルしてプロトニオン作ってるから最初からトリチウム核の濃度が高い。だから予め濃度を確認して混ぜるトリチオニオンの量を調整する。まあ、理屈通りに行けば苦労はないんだけど。」
「ああ、不純物は大丈夫なんですか?リサイクル時に完全に精製できないでしょ?」
「はは、作ろうとしているのは長寿命核種の混合物を分解するための炉だから多少の混入物は問題にならないよ。」
「それはそうなんでしょうけど。」
少年はやはり違和感を感じた。
さっきまでのメルトさんとは完全に別人のようだ。
「こんなところで長話しているわけにもいかないな。どうだろう地上部を案内しようか?景色のいいところがあるよ。」
ここで映像が変わった。
どうやら展望台のようなところにいるようだ。
周囲には緑の山々が連なり見渡す限り町のようなものは見えない。
その中に、列車内から見たコンクリートの塊が違和感を振りまいていた。
「なんだかすごいものが置いてあるらしいですね。」
「え?ああ、砲台のことか、ああ、ここは重要施設だからね。警備は厳重なんだ。だから出入りしている人間も全てモニタされてる。だから近接通信切ってるアンドロイドがいるってちょっと騒ぎになったんだぞ。列車の利用記録から誰かは特定できたけど。」
「え?!すいません。よくわかってなくて。列車に乗ってからずっとモニタされてたんですか?」
「ああ、あの列車はここの関係者しか利用しないから原則乗車と同時に常時追跡されてる。こちらの管制システムから列車に問い合わせたんだよ。一応素性はわかってるけど様子がどうか確認するように依頼したんだ。」
「ああ、それで。」
メルトはなにか合点がいった様子で少しふきだした。
「何故だか急に話しかけられたから、そうだったんですね。」
「ここは何かと管理が厳しいから気をつけてくれよ。」
「はい、気をつけます。」
そう言うとメルトは少し笑った。
キタはまた手を差し出した。
「良かったらでいいんだけど、もう一度握手してくれないか?」
「いいですよ。」
二人はもう一度握手した。
「ああ、君は想像していたより素敵だ、サンシロウが自慢するだけのことはある。でも、僕が直接君に触れられるのは今日が最初で最後だ、わがまま聞いてくれてありがとう。君とならきっといい仕事ができそうだ、よろしく頼むよ。」
次の場面ではメルトは一人で小さな部屋にいた。
突然ブザーがなって部屋の扉が開いた。
扉の向こうには一人の女性が立っていた。
「やあ、新人君!」
「彼女は君の同僚のマーガレットだよ。」
どこからかキタの声が聞こえてきた。
「はじめまして、マーガレットだよ!」
「はじめまして、私はUSRR23153543メルトです。ええっと3月6日生まれです。」
「あなた新型炉の担当なんでしょ?私は未臨界炉と高速中性子炉と第一から第六までの発電機の担当。建設中の第七は今日からあなたの担当だから。わからないことがあったら何でも聞いて。」
「ははは、第七は飽和中性子炉起動専用なんだ。」
キタは声だけで姿は見えなかった。
「もう一人挨拶しないといけないから、とりあえず詰所に行ってくれないか?」
「OK、こっちだよ新人君、えっとメルトさんでいいかな?」
「ええ。」
「ところで副主任はあなたにぞっこんみたいだけど、あなたはどうなの?」
「え?」
「こらメグなに言ってるんだ!」
キタはかなり焦っているようだった。
「この先、むさいロボットばかりの穴蔵に閉じ込められるんだよ。ちょっとは色気のある話でもしないとやってられないよ!で、カズキちゃんの印象はどうなの?」
「マガラさんいい加減にしてくれませんか?いや、君たちの精神的待遇は確かにあまり良くないことは把握しているけど。本人が聞いてるのわかっててからかうのはやめてもらえませんか?」
キタは少し低めの声でゆっくり話した。
「え?マガラさん?メグさん?」
「ああ、マーガレットのことだよ。こいつのこといちいちマーガレットと呼ぶのめんどくさいから。」
「ああ、驚いた。まだ紹介されてない方がいらっしゃるのかと。」
「ふふふ、メルトさんって面白いのね。アンドロイドはあとトシヒコだけだから。正面の扉が詰所になっていてそこにいるわよ。」
「作業用ロボットは?」
「ここにはいないわね。面倒だけどここでは区画間の移動が細かく管理されてるから、原則この区画は時々人間が降りてくる以外はアンドロイドとアンドロイドメンテ用マシンしかいない。人間は防護服着てもここまでしか入れない。長時間滞在することもできないけどね。反対に、この先の高線量領域のロボットは普段こちらには入れないことになってるんだよ。」
「ロボットは高線量領域にずっといるんですか?」
「いいえ、退避スペースがあって普段はそこで待機している。一応無駄に被曝しないようになってる。私達も頻繁に出入りできないから短い休憩はそこでとることになるよ。大掛かりなメンテ施設もあるよ。ロボットをフルオートでオーバーホールできる施設なんて見たことないだろ。」
「え!ないです!すごいですね。」
「そりゃあすごいよ、ここはおいそれと人が立ち入れないところだからね。当然フルオートメーションだよ。」
「そうですね、何かあってもゼンさんに来てもらうわけにいきませんよね。」
「ゼンさん?」
「えっと私のこと作った人です。」
「え?作ったって、工場の人みんなで作ったんじゃないの?」
「ああ、最終的に組み立ててくれたんです。」
「え?最近の工場ってそんな感じなの?」
「うーん、同期のキツカちゃんも驚いてたから一般的じゃないかも。」
「まあどちらにしろ第六世代って私達とはだいぶ違うって聞いてるから何があっても驚かないわ。」
「違うんですか?」
「今日初めて見た感じだと、見た目は違わないけどね。中身はだいぶ違うんだろ。まだよくわからないけど。」
気がつくと詰所の前についていた。
二人が着くと扉は自動で開いた。
中には無数のモニタがあり、真ん中に一人の中年男性が立っていた。
「トシヒコ、新人連れてきたよ。」
マーガレットが勢い良く声をかけた。
「ああ、待ってたよ。オレはトシヒコ、よろしくな。」
「はじめまして、私はUSRR23153543メルトです。ええっと3月6日生まれです。」
「ははは、さっきと同じだね、挨拶は決めてるの?」
「え?」
「ああ、ここでずっと施設全体をモニタしてるから当然聞こえてるんだよ。」
「そうなんですか。」
「メルトさんこっち見てごらん。」
声のする方を見ると大きなモニタにキタが大写しになっていた。
「あらあら。」
「こちらは地上部の司令室だよ。全てのデータはこちらとそちらの詰所で共有できるようになっている。データリンクは施設全体に張り巡らされてるけど原則待機時には詰所にいるようにしてくれ。一応規定だから。」
「あらまあ、そこがさっき見せてもらった司令室ですか?」
「ああ。さっき紹介したスタッフが詰めてる。勤務中は会話も行動も全部モニタされてるから注意してくれよ。さっきからこっちで冷やかされて困ってるんだ。」
「あらまあ。」
「トシヒコとりあえず簡単に説明してあげて。」
「ああ、まあ細かい指示はそのつどでるから、大雑把なことだけ言うと。勤務は一日20時間、4時間は休めるってことだ。完全なオフってことな。細かい休憩は規定で設定されてる。高線量領域での作業は一日8時間まで。忙しい時でもそれ以上は不可。メンテは規定で毎日ある。高線量領域での作業後は即メンテ。週一と毎月重点検査がある。で、これらは勤務時間に含まれる。」
「毎日、毎週、毎月ですか。」
「検査やメンテが勤務時間に含まれているのは大きな進歩だろ?」
「え?だってオフの4時間に検査が入ったらオフなくなるじゃないですか?」
「昔はオフなんてなかったんだよ。」
「え?」
「機械に休憩なんてって言われた時代もあったらしい。」
メルトは頭を抱えて首を振った。
「ええ!休みなかったら死んじゃう!いや壊れるでしょ!アンドロイドのことなんだと思ってるのよ!機械は繊細なのよ!無茶したら壊れるでしょ!そんなこともわからないの?」
「ああ、まさにその通りだよ。だから細かい休憩やメンテの徹底といった条件改善が進められてきたんだよ。」
「フッフー、副主任聞いてる?あなたの最愛のメルトさんがいいこと言ってるわよ!」
マーガレットは楽しそうにキタの映っているモニターの前に出てきた。
キタは少し嫌な顔をしたが、すぐに姿勢を正して言った。
「だから、こちらとしても可能な限り善処していると言ってるだろ?」
「あら、そうかしら。確かに今回二人から三人に増えたけど、そもそも24時間稼働するだけでも大変なのに、新炉開発にまでリソースが取られていたわけだから。アンドロイドなんて使い捨てでいいと思ってるんでしょ?熟練した先輩がリタイアした時どれほど大変だったか。どれほど運営に支障が出たか忘れたわけじゃないでしょ?熟練の技にはとても追いつかない。アンドロイドは大切に使わないとかえって高くつくわよ。」
「無論わかってる。しかし、予算というものがあってね。予算をとるにはその予算がどうしても必要だということを示さないといけない。」
「だから、それは示せるでしょ?現場はどう見ても間に合ってませんよね?」
「そう言わないでくれ。予算もってる層はそんな事知らない。ロボットだけでもできるという声も出る。」
「だから、まずその誤解を解かないと。自分の考えがいかに現実からかけ離れているか理解させないと。」
「ああ、その意味でもメルトさんには期待している。アンドロイドの第一人者が太鼓判を押しているんだ。期待しているよ。」
「う!そうきますか!」
マーガレットはメルトの方を振り返った。
「最新型と言っても一人じゃねえ。改良されていると言ってもそんな二人分というわけには。」
「何より実績、予算取れる材料作らないと。メルトさんが踏ん張れば予算がつく。」
キタが自信満々に言うと、トシヒコが割り込んできた。
「まあ、それぐらいにして、とりあえずメルトさんに権限を与えないと。ネットワークに参加させないと。」
トシヒコはメルトに手招きした。
メルトは指示に従って部屋の中央部に登っていった。
部屋の中央は円形に少し高くなって円形ステージのようになっていた。
真ん中に立つと、部屋に所狭しと並んでいるモニターやよくわからない精巧な装置を見渡すことが出来た。
「よし、メルトさんに権限を付与。ネットワークのネゴシエーションを開始。」
キタが指示するとトシヒコが続けた。
「いいか今から1250万3945ノードと挨拶だ、オレが整理してやるから順番に進めればいいよ。」
するとここで聞き覚えのある感情のない声が聞こえてきた。
『権限確認、システムロード、ネットワークフルアクセス、経路テストOK、統計解析中、ワケミタマ解凍、一段階層テスト、二段階層テスト、三段階層テスト、フルレンジテスト、結果解析中。』
見るまに床と天井が透明になった。
床は見えないが、足元の床の感覚はある。
周囲には小さな光の粒が飛び交い、その内のいくつかはメルトの直ぐ側に飛んできた。
少年はなぜか光の粒にじっと見つめられているような感覚に囚われた。
大勢の人々の注目を浴びているような感覚に少したじろいだ。
『システムに無制限アクセス可能です。』
「あの、皆さんに挨拶すればいいんですね?」
メルトがそう言うとトシヒコは不思議そうな顔をした。
「えっと、私はメルトです、みなさんみたいな素敵な方々とお仕事ができるのはとても嬉しいです。」
メルトは一歩足を踏み出してさらに続けた。
「私に何ができるかはわかりませんが、みなさんと一緒ならきっとなんでもできると思います。よろしくおねがいします。」
メルトはそう言うと深々とおじぎをした。
すると周囲の光の粒は、凄まじい勢いで回転を初め、やがて大きな光の帯になってやがて消えた。
その時、モニターの向こうから「全ノードネゴシエーション完了」というスタッフの声が聞こえた。
「え?なに?今何が起こったんだ?」
モニターの向こうでキタが周りをキョロキョロ見ながら少し震えた声で言った。
「あ、あれ、えっと、もうネゴする奴いないの?え?ちゃんとみんな、え?」
トシヒコは目を丸くして少し震えた小声で言った。
モニター前でこの様子を見ていたマーガレットは両手を腰に当て、大きな声で叫んだ。
「こりゃー、ぶったまげた!」


第7章 地下の世界

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