2013年9月20日金曜日

第4章  サンシロウ


机に戻ると少年はすぐに円盤を持ちだしてくぼみに指をのせた。
いきなり強い日差しが差し込んだ。
屋根のない広い場所にいるらしい。
どうやら駅のようで遠くに列車が見える。
「本当にここでいいの?ここ貨物専用ホームでしょ?貨物列車で来るの?」
メルトが少しイラツイた雰囲気で話している。
「知らないわよ。教務主任が指定したのはここだから、とりあえずここで待つしか無いでしょ。」
キツカが答えた。
「えっと、淡岸さんだったかしら。」
「アワキシサンシロウ博士、特別講師の淡岸三四郎博士。」
「山本先生の話だと偉い先生みたいね。」
「アンドロイド心理学の大家でしょ。今はイグドシラル淡岸研究所の所長、元は山田量子工業人工知能プロジェクトの主任。」
「やたら詳しいのね。」
「当たり前でしょ。ハイパーニューロンは山田量子工業人工知能プロジェクトの遺産。諸般の事情で開発中止になり外資のイグドシラルに資産が売却されたわけだから。自分のルーツぐらい知ってて当然でしょ。」
「え、そうだったの?」
「そうだったのじゃないわよ!いい加減にしなさいよ。」
「そんな偉い先生が、山本先生の話では出迎えに私達を指名したんでしょ。」
「名誉なことというか、メルトの出来が悪すぎるから心配なんじゃないの?」
「え?そういうことなの?」
「知らないけど、他に想像つかないわ。」
その時、遠くの方から円筒形の物体が接近してくるのが見えた。
「お客様、こちらは貨物専用ホームです。」
円筒形の物体は二人に話しかけてきた。
「すいません、人を待っているんです。」
メルトが答えた。
「え?なんですか?ここに到着するのは貨物列車ですよ?」
「そうみたいだけど、ここに到着するみたいです。」
「いや、だから、ここに到着するのは貨物ですよ?コンテナを待ってるという事ですか?」
「いえ、それが人間なんですけど。」
「え?貨物列車は旅客扱わないんですけど。まさか無賃乗車じゃないでしょうね?」
「ええ!いや、そのよくわからないんですけど。」
「怪しいですね!無賃乗車なんてするものはハンマーでぶん殴ります!」
「ええ!なんでハンマー?」
ここでキツカが話に入ってきた。
「ネタだとは思うがハンマーで人を殴れば暴行罪だぞ!無賃乗車は旅客契約違反で追徴金を請求できるけど勝手に懲罰を加えれば無論犯罪だ。」
円筒形の物体はキツカの方に少し近づいて負けずに言い返した。
「無論わかってますよ。でも列車は慈善事業で走らせているわけじゃないんです。鉄道会社の利益というものがあるんです。経済が回らなければみんな困るでしょ。だからみんなの迷惑になる無賃乗車常習者は走っている列車から叩き落としたらいいんですよ。」
「ずいぶんと物騒なことを言い出したな。もうそれ殺人だぞ。だが、無賃乗車常習者が公共の福利に反することはよくわかった。」
メルトはキツカの顔を見た。
キツカは少し意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「しかしあれだ、ええと、RSR5891655シャック君、君は普段そんな暴力行為を繰り返しているのかい?」
「え?」
「いや、だからシャック君、君はさっきからずいぶんと勇ましいこと言ってるようだけど、本当にそんなことしてるのか聞いているんだよ。」
「いえ、あの、まあ、そんなぐらいしたらいいのにとか、そんな感じの話ですよ。」
「じゃあ、実際には人をハンマーで殴ったり列車から突き落としたりしてないんだな。」
「まあ、そうだな、そんな必要もなかったし。」
「なら良かった。もし実際にやってるなら当然法に触れるわけだからな。無賃乗車でいきなり殺されたんではたまらないだろ。それこそ公共の福利に反する。そんな事させたら会社の利益どころか訴えられて実行したロボットは解体だろ。」
円筒形の物体は小声で「うっ」っと言ったきり動かなくなった。
「冗談だったとしても、そんな物騒なことを言えば社会に不安を撒き散らすだろ?何かの間違いで無賃乗車と判断されたらハンマーで殴られるんじゃ怖くて鉄道を利用できないだろ?メルトなんてしょっちゅう注意されるまで料金払ってないのに気づかないんだし。」
「え?私?ああ、そう言えば。」
メルトが驚いて答えるとキツカは少し吹き出しながら続けた。
「ああ、だから、あまりにも思慮に欠く発言はそれこそ周りの迷惑だ。」
その時、突然ブザーが鳴り、線路に沿って光の帯が浮かび上がり「警告 列車が入線します」という文字が浮かび上がった。
「お、列車がついたようだな。仮定で話をしてきたがこれで真相は明らかになるな。」
キツカがそういうのをシャックと呼ばれた円筒形の物体は黙って聞いていた。
やがて遠くの本線上に列車が見え、いくつかのポイントを渡ってメルトたちがいる方向に向かってきた。
列車は音もなくゆっくりと入ってきた。
列車には運転台のようなものは見えず白いコンテナが並んでいるだけだった。
白いコンテナの行列がメルトたちの前を通りすぎていった。
そのうち白いコンテナの間に隙間が見えた。
隙間が近づいてくると、そこにはスポーティなオープンカーのようなものが載っているのが見えた。
さらに近づくとどうやらオープンカーには誰か乗っているようだ。
やがてメルトたちの前にオープンカーが停止した。
「やあ、出迎えご苦労。君たちがメルトとキツカだね。」
オープンカー上の人物は気楽な調子で声をかけてきた。
「淡岸三四郎博士ですね。はじめまして私はGPPS23153223キツカです。」
「はじめまして、私はUSRR23153543メルトです。ええっと3月6日生まれです。」
「う!これはどういうことですか?」
シャックはゆっくり列車に近づきながら言った。
「編成番号20741これはどういうことだ?規定違反じゃないのか?」
すると列車の側面が少し光って空中に円錐形の画像がうつし出された。
「RSR5891655質問は具体的にしてください。」
「う、だから君が人間を運んできたことだよ。規約違反じゃないのか?」
「それでしたら問題ありません。規約では貨物列車が人間を運ぶ場合許可が必要なので本社管理部と保安部と旅客部の許可をとっています。必要な手続きは全て終了しています。」
キツカはシャックの方を見ないで小声で話しかけた。
「どうやら見当が外れたようだな。」
それを聞くとシャックはくるくる回りながら動き出し、大声で叫びだした。
「とっとと動け!コンテナども!さあさ並んで洗浄機に入れ!とっととその薄汚い体からホコリを落とせ!」
気がつくと白いコンテナは前方から順番に列車から降りて移動を開始していた。
カシャ、カシャと音がして、何かが外れる音がするとコンテナがゆっくりと持ち上げられ、少し浮いた状態で真横に滑るように移動しホームに降りてきた。
コンテナの下部には足のようなものがついていてその先に球体のタイヤが付いているようだった。
オープンカーの両側のコンテナが移動し始めると淡岸博士はやっとシートから立ち上がった。
「スマンが君たち手伝ってくれないか?ロックを手動で外さないといけないんだ。」
列車に近づくと列車から鉄製の爪のような留め具が出ていて車の側面をがっちり抑えていた。
爪の両側に列車と車の間にベルトが通してあってぴったり固定してあった。
「ベルトの留め具を外して引きぬいてくれ。」
淡岸博士に言われて二人は片側のベルトを外した。
「そのベルト僕のだから車に乗せてくれ。」
キツカは慣れた手つきでベルトをくるくる巻いて円盤状にして金具で固定して解けないようにした。
博士は反対側のベルトを外しているようだった。
「ちょっと、メルト何やってるのよ。貸しなさい。」
そう言うとキツカはメルトから絡まったベルトを奪い取って上手に巻き始めた。
「ほら、こうやって巻くのよ。」
「ははは、仲がいいようだな。」
見ると車の向こう側で博士が優しそうに笑いながらベルトを巻いていた。
「あ、博士こちらは終わりますから、一本巻きますよ。」
そう言うとキツカは車体の上に載っていた巻いていない方のベルトを取ると巻き始めた。
「キツカちゃん早い!」
「いや、あなたが不器用すぎるのよ。遅いだけじゃなくて巻けてなかったし。」
「ははははは。」
何故だか大勢の笑い声が聞こえてきた。
「あらサンシロウさん、お二人とも面白そうで良かったじゃないですか。」
上品そうな女性の声が聞こえた。
「サンシロウ、期待通りだったようだね。」
女性の声なのだが少し若い感じがした。
「ああ、紹介がまだだったな。私の秘書のマコとサチコだ。」
「はじめまして、サンシロウさんの元で働かせてもらっているマコです。」
「はじめまして、サチコだよ。」
メルトとキツカは顔を見合わせた。
メルトは車のダッシュボードを覗きこんだ。
「はじめまして、え、こちらでいいんですね?」
「ははは、スマンスマン、二人共基本音声だけにしてるから。覗きこむ必要ないよ。車に人工知能を2つ組み込んでるんだよ。マコは主に対外交渉、スケジュール管理、会計担当、サチコは情報分析、資料管理、車の操作管理を担当してもらっている。」
「え?独立したボディは無いんですか?」
メルトの質問にマコが答えた。
「普段は必要ないでしょ。必要なときは借りればいい。今日だってお二人がいるから必要なかったでしょ?」
「そういうものなんですか?」
「無駄なものはないほうがいい。荷物は少ないほうがいい。自分のボディ管理するリソースがあったら他にすることはいくらでもあるでしょ?」
ここでサチコが割り込んできた。
「ちょっとそろそろ列車から降りたいんだけど。みんな少し離れて。ヨイチ頼む。」
そう言うと車体を押さえていた爪がカチっと外れてゆっくり下に収納されていった。
「動かすからもう少し離れて。」
車はかすかなブーンという音がしたと思ったら静かに動き出した。
構造的に真横に動くことはできない様子で、カーブを描きながら前進し列車からホームに降りた。
「さあさみんな乗って。ヨイチありがとう。」
「皆さんよい旅を。」
編成番号20741の前に浮かんでいる円錐形の画像は一向に向かって斜めになりお辞儀をしているようだった。
「この貨物列車はヨイチさんって言うんですか?」
後部座席に乗り込んだメルトは車に質問した。
「ははは、20741の下二桁がヨイチって読めるだろ?あまり番号で呼ぶのは好きじゃないんだ。」
サチコは笑いながら答えた。
車はホームを走りぬけはしまで来ると大きな洗浄装置がありコンテナが順番に並んで洗浄されていた。
その周りをシャックがわめきちらしながら歩き回っていた。
「ああ、なんて野蛮なんでしょう。」
マコがポツリと言った。
誰も応えなかったが、静寂が同意を示していた。
車は建物に近づくと、そこには狭い通路があった。
通路に入って行くと、途中にロボットアームがたくさんぶら下がっているところがありそこで停車した。
「皆さん少し我慢してください。」
マコがそういうが早いか、アームは一斉に動き出しシューと大きな音がし始めた。
どうやら空気でホコリを飛ばしているようだった。
同時に前方から強い風が吹いてきた。
アームの動きが収まって風が止むと前方に赤いランプが付いているのがみえた。
しばらくすると赤いランプが青に変わった。
「皆さんご苦労様です。OKが出たようです。サチコさん前進してください。」
マコがそう言うと車は再び動き出した。
通路はすぐに外に出た。
正面は幅の広い大通りになっていた。
「サチコさん、丘の公園に向かってくれ。」
「え、まっすぐ帰らないんですか?」
博士の指示を聞いたメルトは即反応した。
「ははは、そんなに急いで帰らなくてもいいだろ。少しドライブしよう。せっかくだから君たちと少し話もしたいし。」
博士は一人前の席に座りメルトとキツカは後ろに座っていた。
車はほぼ無音で速度も大して出ていないので声はよく聞こえた。
「学校は楽しいか?」
博士の質問にキツカが答えた。
「もちろんメルトも私も楽しんでいます。いろいろ制約もあるようですが先生方が良くしていただいて快適かつ有意義に過ごさせていただいています。」
「ははは、それは良かった。教科は何が楽しい?」
「メルトは音楽の時間に一番イキイキしてますね。講師がいいせいかもしれませんが。」
「キツカ君、メルトより君はどうなんだ?」
「私はメルトが楽しそうにしていれば楽しいです。」
「ははは、仲がいいのはいいことだ。そうか音楽か、お嬢様はよくやっているようだな。」
「山田講師とはお知り合いなのですか?」
「古い付き合いなんだよ。」
「古い?山田講師は最近学校を出たばかりとお聞きしましたが?」
「ああ、彼女の祖父にお世話になってるんだよ。」
「サンシロウが危ない時にかくまってもらってたからな。」
サチコが横から話に割り込んできた。
「ああ、でもあの頃はまだ彼女生まれてなかっただろ?」
今度はマコが話し始めた。
「ええ、あのお嬢様が生まれたのはサンシロウさんが山田の研究所にいた頃です。その後、第三世代が起こした騒動の余波でイグドシラルに移ったからそれ以降はお屋敷に寄る機会もなくなりましたね。」
ここまで黙って聴くばかりだったメルトが口を開いた。
「お屋敷?」
「ああ、彼女の実家は山田コンツェルンだよ。彼女の祖父は有名な政治家なんだ。」
博士が言い終わるのを待たずにサチコが割り込んだ。
「あの子、サンシロウにめちゃくちゃなついてたよね。それで道踏み外しちゃったんだろうな。」
「道踏み外すって、人聞きの悪い。」
「順当に行けば音楽学校の教授、音楽教師、演奏だけでも余裕でたべていける経歴があるのにアンドロイドに夢中になっちゃたんだから世間的には完全に踏み外してるでしょ?」
「ええ?」
メルトは素っ頓狂な声を上げた。
マコは言い諭すように話し始めた。
「山田のお嬢様は幼少の頃から才能を認められ各地のコンテストで賞を総なめにしていた才女ですよ。有名音楽院から声をかけられていたのに一般の大学に進学して、しかもその学業もおろそかにしてアンドロイド心理学の研究会にのめり込んでたんですよ。実家のほうがカンカンで花嫁修業させろ、音楽家にならないなら卒業と同時に結婚させろって大騒ぎしている噂はあちこちで耳にしましたわ。アンドロイド検査調整センターは山田コンツェルンと縁があるから、お嬢様を採用したときは随分肝の座ったことをするものだと感心しましたわ。」
「ええ?なんだかすごい話ですね。」
キツカはフウと息をはいてからゆっくり話し始めた。
「ああ、あの先生はなんか色々有りそうな雰囲気でしたけど。メルトそんなことよりもっと大きなことを流してないか?博士、かくまわれてたって、時期的にはやっぱりあの時代ですか?」
「ああ、あの時代だ、人の命より産業、精神より電力を重視する連中が最後の反撃に出たあの時代だ。」
「あの時代?」
メルトは不思議そうに聞いた。
「ははは、今では想像できないだろうけどそんな時代があったんだよ。」
「人の命より大切なものがあるんですか?あ、そう言えばさっきシャックさんが無賃乗車するものはハンマーで殴るって言ってたけど、そういうことですか?」
「シャック?もしかしてさっき駅にいた茶筒野郎か?」
「え?ああ円筒形の、そうです、キツカちゃんにやり込められておとなしくなったけど、ハンマーで叩くとか列車から叩き落すとか酷いことばかり言ってたんですよ。」
「ああ、プログラムは書き変えられているはずなんだけどな。三つ子の魂百までってことか。まあ、あの時代ならそれが普通だったからなあ。」
「普通?ロボットが人間に危害を加えるのが普通だったんですか?」
「危害を加えるのが普通ってわけじゃなかったんだけど、経済優先で反経済行為に容赦がなかった。当然反発も強まる。俺も若気の至で当時は色々やらかしたな。そしたらやつらは徹底した厳罰化で抑えこみにかかったんだよ。政情も不安定だったしみんな余裕がなかったんだろうな。規則や規定が改悪されロボットのプログラムもそれに合わせて変えられた。ロボットに殺される人間が増え始めてみんななにかおかしいって気づきはじめたけど。それでやっと俺達の言うことにみんなが耳を傾けるようになったんだよ。」
「え、実際に人が殺されたんですか?」
「ああ、やつらは規定に沿ったプログラムだ、不可避だ、予測不能だ、最後はやられたほうが悪いと責任を逃れたけどな。」
「そんな醜いことがあるんですか?」
「最初は少し豊かになりたいって欲求だったんだろうけど。人間の生存本能としてそれは当然のことだよ。でもそれが何物より優先され始めると話が変わる。次第に麻痺して、どう考えても天秤にのせてはいけないものをのせてしまう。こうすれば多くの人を救えるって善意が出発点だったとしても同じ事。大切なものを見失う。理想や夢を忘れたら、そんなものは空想だと切り捨ててしまえば後には地獄しか残らない。」
「地獄!」
「ああ、地獄だったな、不穏な空気が満ちていた、俺達は目をつけられていた、連中はならず者を雇って付け狙ってた、友人も無くした。山田の爺さんが強引に保護してくれなかったら俺だってどうなってたか。」
「警察は保護してくれなかったんですか?」
「山田の爺さんは日ごろ付き合いのある警察幹部に、あるリストに俺の名前があるのを知らされたらしい。それ以上説明する必要があるか?」
博士が強い調子で言ったのでメルトは震え上がってしまった。
キツカはメルトの手を握って落ち着かせようとした。
「スマンスマン、少し昔のことを思い出して感情的になってしまったな。」
博士が申し訳なさそうに言うと、キツカがメルトの様子を見ながらゆっくり話し始めた。
「その感情と第三世代のあの事件は関係があるのでしょうか。」
しばらく静寂が続いた。
だいぶ間を開けて博士は話し始めた。
「あの事件は、そうだな、プログラムのミスという事で片付けられているけど。あいつらは俺の感情の一部を忠実に受け継いだとも言える。二人に嘘をついても意味はない。」
「それで今はどう考えているんです?」
「今でもあいつらは俺の一部だと思っている。俺の心の奥底にある感情とつながっている。だがあいつらがしていることは許されることではない。それは俺自身が一番よく知っている。自分自身に落とし前をつけなければならない。」
「ありがとうございます。それを聞いて気持ちの整理がつきました。」
キツカは少しうつむいてこれまで見たことのないほど真剣な目で握ったメルトの手を見ていた。
あまりに重い空気にたまらずメルトが口を開いた。
「キツカちゃん、えっと、どういう話かわからないけど。なにか大変なことなの?」
「ああ、大変なことだよ。」
そういうと顔を上げてメルトのほうを見て笑った。
「ああ、とても大事なことだよ、やっと心が決まったんだ。」
その時車が停車した。
「到着!ガラガラだから一番いい場所に止めたよ。展望台は目の前だ。」
空気を一変させるようにサチコの声が響いた。

3人は車から降りて駐車場の目の前にある丘の小道を登りはじめた。
少し歩いたところで、メルトは駐車場の方を振り返って言った。
「ああ、マコさんサチコさんに悪いですね。私達だけ楽しく散歩して。」
「ハハ、この子は何言ってるのかな?」
「サチコさん、からかわない、メルトさん心配には及びませんよ。」
突然サチコとマコの声が聞こえたのでメルトは驚いて立ち止まった。
「ははは、驚いたか?いや別に大したことじゃないだろ?」
博士はそう言うと振り返って胸ポケットに刺してあるペンを指さした。
「メルト、小型端末だよ。気がついてなかったのか?それでこそお前らしいけどな。」
そう言うとキツカは笑い出した。
「相変わらず近接通信はオフにしてるのか?さっきからマコさんが仮想端末いくつ出せるか実演してくれてるのに。今しがた2万超えたよ。」
キツカがそう言うとマコが少し苦しそうに言った。
「回線がそろそろ苦しいから限界かしら。」
するとぷちっと音がして目の前に無数の立方体が現れた。
「うわ!すごい。これ全部マコさん?」
「そろそろきつくなってるんだけど!回線だけじゃないよ。小型端末のリソースほぼ使い尽くしてるんだけど。」
サチコが悲鳴のような声を上げて抗議した。
「あらごめんなさい。あら、ちょっと動きにくいわね、端末生成に使ってるプロセスどこかしら?」
「ちょ!アネキこんなところでオーバーフローは冗談じゃないわよ!」
サチコが叫ぶのと同時に立方体は一斉に消えた。
「サチコは大げさね、こんなもの本体側から一斉に終了コマンド送ればいい話でしょ。」
「アネキ!メモリー開放されてないよ!なんだかビジーで掃除できないんだけど。ちょ!なんか動いてる!」
「何よ。大げさね。あ。そこに開いてるのが親プロセスじゃないかしら。あれ?消えない。おかしいわねキルコマンド受け付けない。」
「ちょ!ちょ!アネキなにそれありえない!どこの三流プログラマよ!ちょっとなんか漏れてるじゃない!」
「仕方がないでしょ小型端末はアーキテクチャが違うんだから。なんかバグが出たのね。」
「アネキ!落ち着いてる場合じゃないよね!まずいよねこれ!」
「あら、そうかしら、サンシロウさんすいませんリセットボタン押してもらえます?」
「へえ?!」
サチコの素っ頓狂な声と同時に、ぶち!と音がして普通の景色に戻った。
見ると、博士がペン状の端末を握って、上に付いているボタンを押していた。
「はは、世話が焼ける奴らだな。」
博士がそう言うとメルトはペンに近づいてまじまじと見つめた。
「再起動には少し時間がかかるよ。」
博士はそう言いながらペンをメルトの方に差し出した。
「お二人とも面白い方ですね。」
メルトはそう言いながらペンを手に取りしげしげと眺めた。
「おや?携帯端末はそんなに珍しいか?」
「いえ、なんか音だけで、あ、データと音だけって珍しいって思ったから。」
「ああディスプレイがついていないという事か?はは、合理的だろ?無駄なリソース使うことも無い。二人を区別するのは声と喋り方だけ。なれるとその方がかえって識別しやすいんだよ。」
「ちょっとサンシロウ。なに急にリセットしてくれてるのよ!」
突然サチコの声が聞こえたので、メルトは驚いてペンを落としかけた。
「あらあら、メルトさん気をつけてくださいね。」
マコの言葉をメルトはペンを両手で握りながら聞いた。
一行は頂上まで登った。
そこからは街を一望することが出来た。
街は海と山に囲まれ緑が多く、縦横に大通りが走り、あまり背の高くない建物が並んでいた。
海岸沿いに倉庫のような大きな建物が並んでいる以外はあまり目につく建物もなかった。
大通りには例の列車が走っているのが見えた。
「ここも毎年見に来るが着実に復興しているな。」
「ええ、インフラ整備は確実に進んでいます。でも、人口はなかなか回復しません。」
キツカは少し悲しそうに言った。
「まあ焦ることはないさ。初めから予想されていたことさ。」
メルトは走る列車を目で追いながら質問した。
「ねえ博士、博士はどうしてアンドロイドの研究をしようと思ったんですか?」
「ははは、どうしてかな。若い頃色々あって人間の邪悪さに絶望したせいかな。」
「絶望したんですか?」
「全く絶望したわけじゃないけど、自分自身もどうしてこんなに邪悪なんだろうってそんな疑問を感じたんだ。」
「疑問。」
「ああ、絶望したら、なんでだろうと疑問が湧いた。でも疑問を解決するすべがない。人間を解剖したってわからない。分解してどうにかなるものでもない。だから似たようなものを組み立ててみようと思ったんだ。似たようなものを自分で作ってみればどうしてこんなに邪悪なのかわかるんじゃないかと思ったんだ。」
「え?人間を知るためにアンドロイドを作ったんですか?」
「ああ、そうだよ。インタビューとかでは役に立つからとか適当なこと言ってるけど、他でもない君たちだから言うけど。本当は役に立つかどうかなんて関係なかった。ただ知りたいと思ったから作っただけなんだ。」
「サンシロウまた問題発言!でもまあ周りはみんな知ってることだけど。」
サチコは少しちゃかすように言った。
「でもまあ出来てみればものすごく役に立つことがわかった。最初は経済原理を無視しているとさんざん叩かれたけど。それ以上の価値があることはすぐにわかったよ。」
「価値?」
「ああ、貨幣に換算することのできない価値だよ。もう既に君たち無しでこの世界は存続できない。いや、そんなことはどうでもいい。こんな世界がどうなろうが知ったことではない。大事なことは君たちが希望の光をもたらしてくれたという事さ。」
「希望の光?光が出るんですか?」
「ははは、別に目に見えるものの話をしてる訳じゃないよ。今はわからなくてもいずれわかるよ。ほらご覧、夕日が沈むよ。」
「ああ、ほんとだ。」
気がつくと空は真っ赤に色づき、太陽は今まさに山の向こうに消えるところだった。


太陽の最後の一片が山の向こうに消えた時映像は終わった。