2013年9月20日金曜日

第1章  アンドロイド検査調整センター


少年はその日学校が午前で終了したので帰宅するところだった。
もう坂を登りきれば自宅というところまで来ていた。
坂のちょうど真ん中辺りに差し掛かった時、突然細い路地から異様な影が飛び出して少年に当たりそうになった。
「うわ!」
そう言って少年は勢い良く後ろにひっくり返った。
急な登り斜面で後ろに倒れたので、危うく勢い良く頭を打つところだったが、体が柔らかかったこともありギリギリ打たずに済んだ。
顔を上げるとそこには頭からすっぽり黒っぽい素材のよくわからないゴアゴアしたシートをかぶった人物が立っていた。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
声で女性だとわかったが、言葉とは裏腹に不自然に少年から離れた位置に立っていて近づく素振りは見えなかった。
「大丈夫です。」
「怪我とかしてないですか?どこか打ちませんでしたか?」
やけに心配そうに話しかけてくるが、やはり近づいては来ない。
少年は内心『気になるなら近づいて自分で見ればいいのに』と思ったが、言い方が丁寧だったので悪い気もせず。
「大丈夫ですよ。」
と答えた。
「そうですか、それは良かった、もう誰も傷つけたくなかったので、本当によかった。それではすいません、失礼させて頂きます。」
そう言うとくるりと向きを変え、出てきたのとは別の路地の方に急ぎ足で向かった。
その足どりは目に見えてふらついていて、路地の入り口で一度こけてしまった。
あわてて起き上がり、シートを巻き直しながら振り返った時、少しだけその優しそうな顔が少年に微笑みかけるのが見えた。
少年は立ち上がり女性が立ち去った方をしばらく見続けていた。
少したって、少年がまだ白昼夢から冷め切らないような様子で家に向かって歩き始めようとした時、背後から呼び止める声が聞こえた。
「ちょっとすいません、少しおうかがいしたいことがあるのですが。」
少年が振り返ると、真っ黒なスーツを着た一組の男女が立っていた、二人はスーツが黒いだけではなく真っ黒なサングラスをつけていたのでまさにメンインブラック状態だった。
女性のほうがつづけて話しかけてきた。
「すいませんこの付近で怪しい人を見かけませんでしたか?」
怪しいといえば今目の前にいる二人だが、話の流れからさっきのシートをかぶった女性のことだろうことは容易に想像できた。
「ええっと。」
なんと答えていいかわからなかった少年は狼狽した。
スーツの女性は即座に感づいたらしく少年に近づいて話しかけた。
「怪しい人を見たんですね?どんな姿をしていましたか?」
「え?あ!」
少年は何かごまかしたほうがいいのかもしれないと思ったがまともに答えられなかった。
その様子を見たスーツの女性は何か小さな円盤状の金属かプラスチックかよくわからないものを取り出して少年の周りをなにか調べるように動かした。
「大丈夫です。被曝はしていないようです。」
女性は作業を続けながら背後の男性に短く報告した。
スーツの女性は少年より少し背が高かったのだが、作業が終わると少し屈んで目線を合わせサングラスを外し真っ直ぐ少年の目を見つめて言った。
「今日のことは別に大したことではありません。詳細を教えるわけには行きませんが大きな事件でもありませんから、後で何かあるという事もないでしょうから忘れてもらって構いませんよ。」
話の流れから忘れていいというより、忘れさせたいと思っているのは目に見えている。
しかし、厳しそうな眼から鋭い眼光で真っ直ぐ少年の眼を見て、結構な迫力で言われたものだから思わず。
「はい。」
と大きく返事をしてしまった。
それを聞いたスーツの女性は再びサングラスをつけ向き直すと腕を伸ばして先ほどの円盤をつきだし、ぐるりと回して付近を調べる動作をした。
「こちらのようです。」
そう言うと二人はそれほど急ぐ様子もなく先程シートの女性が消えていった路地に入っていった。
少年はしばらく二人の後ろ姿を見送っていたが、二人の姿が植え込みの影に消えた所で、我に返って路地の方に近づいていった。
路地の近くで3人が去っていった方を見てみたが、何もなかったかのように植えこみの緑が日に当たっているだけだった。
少年がふと下を見ると道路脇の溝の中に見慣れないものが落ちていた。
それはピンク色をしていて、先ほどのスーツの女性が持っていた円盤より少し小さい円盤状で飾りのようなものがついていた。
少し気になったので拾い上げてみると飾りの様子から裏表があるらしく、表面とおもわれる側には円盤の中心から少し離れた辺りに親指がちょうど入るぐらいのくぼみがあった。
少年はなんの気なしに、くぼみに親指を当ててみた。
すると、突然目の前にコンピューター画面のようなものが現れた。
画面は空中に広がっていて、背景は透けて見えていた。
驚いて円盤を動かして斜めにすると画面が消えた。
しばらく動かしているとどうやら円盤を目線から垂直にした時だけ画面が見えるらしいことがわかってきた。
画面上にはいくつかメニューが表示されているのが見えた。
メニューの中に”この製品について”というのがあるのでこれを選択したいと思ったがどうやって選択したらいいのかわからなかった。
少年は思わず声に出して「この製品について」と言ってみた。
すると画面の色が変わって、解説文のようなものが表示されどこからともなく声が聞こえてきた。
「この製品について この文章の著作権はイグドシラルインダストリ社の所有となります
この製品は第六世代ハイパーニュロン自己形成アンドロイド用外部記憶アプリケーションです。
それ以外の利用は保証外となります。
入力には近接超高速亜空間通信、音声、物理的ジェスチャが利用できます。
今日、アンドロイドの情緒の安定化、精神衛生の向上は至上命題であり
この製品はアンドロイドの記憶の構造化、可視化を通じてその目的を達成するものです。」
正直少年には内容はさっぱりわかりませんでしたが”アンドロイド”という単語が何度も出てくることはわかりました。
「よく出来たおもちゃだな。」
少年は口ではそう言いながら、心はそうではない可能性に奪われつつありました。
「使用方法」
「単語”使用方法”で本文を検索しますか?」
「え?本文?」
「本文一覧を表示します。」
少年の目の前には整然と並んだ直方体がたくさん並んだ。
直方体は立体的に見えるようになっていて奥に向かって無数に続いていた。
「これは何?」
そう言うと一番手前の左上の直方体の色が変わった。
「データナンバー1 2315年3月12日入所式、出会い、始まり 再生しますか?」
「再生」
少年は勢いで指示を出してしまった。
すると目の前に緑の林と芝に囲まれた綺麗な校舎らしい建物が映し出された。
「ここがアンドロイド検査調整センター、要するにしつけセンター、今日からお世話になります。」
次に式典会場らしい映像が映し出された。
演台にはスーツ姿の初老の優しそうな女性が立っていた。
「皆さんこんにちは、私は当センターの教務主任山本と言います、先程センター長も申しましたが当センターではあらゆる分野のアンドロイドを受け入れ、互いに切磋琢磨することにより、より高次元の能力を身につけることを教育目標に掲げています。」
『うーん、先生方で印象に残ったのはこの人ぐらいか。』
少年は心の中で『おいおいちょっと待て!』と思った。
次に少し性格のきつそうな女性が映った。
「私はGPPS23153223キツカどうやらルームメイトらしいな、よろしくな!」
「私はUSRR23153543メルトよろしくね。」
どうやらメルトというのがこのハイテク日記帳の持ち主ということらしい。
「ところで私は4日前にシステム起動したのだが君は?」
「えっと、確か6日ぐらいだったような。」
「ぐらい?自分が起動した日もはっきりしないのか?」
「え?ええ、そんな事聞かれると思ってなかったものですから、えっと、今検索したら『6日後に入所するからそれまで待機しておくように』と言われたデータが残ってるから間違いありません。」
「ちょっと待て、お前のデータにはタイムスタンプ付いてないのか?」
「え?たいむすたんぷ?」
「ファイルに属性データが付いてるだろ?照会すれば出てくるだろ?作成日時とか、更新日時とか、アクセス日時とか。」
「あ!ほんとだ、ちょっと待ってください、今起動直後のデータを」
「ちょ!ちょっと待て、システム情報を照会したらシステム起動時刻が出てくるんじゃないか?多分最初の起動時刻という項目があるはず。」
「あ!あった、ほんとだ最初のシステム起動時刻って出てきた!2315年3月6日12時00分00秒って出てきた。」
「う!12時かっきりって。」
「ふふ、ゼンさんには『お前のせいで昼飯食い損なったんだからな!』っていつも言われてたわ。」
「ぜ、ゼンさん?」
「私の担当者、今朝『お前は難産で苦労させられた。でもそのぶん大器晩成に違いねえ。だから頑張るんだぜ!世界を救ってくれ!』と言われて送り出されたの。」
「ずいぶんと職人気質の方ですね。っていうか世界救うって大げさな。」
「ねえキツカちゃんの担当者ってどんな人だったの?」
「え!もうちゃん付け?っていうかウチのラインでは特定の担当者っていなかったような。」
「え?ライン?なにそれ?」
「ちょっと待て、お前知ってるか、私達は基本的に同じシリーズの同じ世代のアンドロイドなんだ、同じベースデータアーカイブを内蔵しているんだ!わかるか!いやしらないわけ無いだろ?検索しろよ。」
「でいたああかいぶ?え?あー、あたしには大きすぎます。」
「いや、おかしいだろ、処理能力にそんな差があるわけ無いだろ。」
「うーん、なんかクロックダウンとかされてるらしいです。被覆が大変で排熱も大変だったらしいです。」
「え?なんだかわからないけどクロックダウンされてるの?っていうか工場は広めにスペースとって多品種少量生産してただろ?えっと、いろんなアンドロイドが並んでただろ?」
「え?うーんよくわからない、今朝ゼンさんの部屋出て初めて他のアンドロイド見たから。」
「ええ?何それ?特注品なの?そう言えば女性型アンドロイドの命ともいうべきお肌も、何それスポンジみたい、人間の皮膚に近づけようって気力が全く感じられないんだけど。」
「うーん、ゼンさんは会心の傑作って言ってたけど。」
「ぜ、ゼンさん。」
「ゼンさんがいうにはどんな世間の荒波からも私を守ってくれる無敵の皮膚だって。」
「ぜ、ゼンさん!」
そう言うと画面のキツカは少年の方に手を伸ばした。
どうやらメルトの頬を触ったらしい。
「Gモデルすなわち私は汎用吏員アンドロイド、所属は未定でも政府又は公益公共機関への編入が確定している。法律を執行し市民の安全と財産を守り、公共の福利を増進しそれに反するものを殲滅する。」
「え?殲滅?」
「どこに引っかかてるのよ、そこじゃなくて私の役割、Gモデルはその役割のために専用法規アーカイブと判例データベース高速参照エンジンを持ってるのよ。あなたUSRRとか言ってたけど、どういうモデルなの?どういう機能があるの?」
「さあ。」
「さあ?!あのねあなた、自分のことでしょ?さあって!」
「自分でもわからないの。必要になれば後からデータを追加することになってるから今は何もわからないの。」
「必要になればって、自分が何者か生まれた理由ぐらい知らなくてどうするの?」
「ふふ、おかしいでしょ?人間の哲学者みたい。」
「てっ哲学者?あー!ものすごく特化した設計のアンドロイドがそんな事言ってちゃダメでしょ?」
「どうして?今のところさし当たって困らないけど。今のところ必要ない。」
「いやいろいろ困るわよ。人からいろいろ聞かれることもあるでしょ?」
「そうなの?」
「人間て、相手が何者かわからないと不安を感じるものなのよ。」
「え?私はメルトです。じゃダメなの?」
「はあ、用途のよくわからない異様なアンドロイドを見て不安を感じない人間なんているのかしら。」
「そうなの?」
「とりあえず自己紹介するときは誕生日でも言っておきなさい。」
「人間の誕生日はわかるけどアンドロイドに誕生日あるの?」
「公的な定義はないけどやっぱり最初のシステム起動日じゃないか?そういや聞かれるなんて思ってなかったと言ってたわね。そういうのはきちんと答えられるようにしていないと困るわよ。」
「そう言えばキツカちゃん最初にシステム起動日聞いたわね。」
「え、ああそうだっけ。あなたが2日お姉さんだとは思はなかったわ、番号は私のほうが若いのに。」
「キツカちゃんの方が若いから番号も若いんじゃないの?」
「いや、それはちょっと違うんだけど。とりあえず入所日は同じだから私とあなたは同輩よね?」
「え?それはそうでしょ?ん?キツカちゃん私のほうが後に生まれてたら…」
キツカは急に甲高い声でメルトの言葉を遮った。
「メルトちゃん何言ってるの?私とあなたは同じ日に入所した仲間でしょ。ね。」
『入所初日に学んだこと、急に声のトーンが変わる方には注意しよう。』
そう言うと画面が消え、また直方体の列が現れた。
少年は親指をくぼみから外した。すると並んでいた直方体も消えた。
「うーん、何だこりゃ。ボケキャラとツッコミキャラ?なんか違うな。」
少年はこれはおもちゃに違いないと思った。
でもそれなら警察に届けるのも大げさだから道端の目立つところに置いて持ち主が気がつくようにするのが親切というものだろう。
しかし少年はそうはしなかった。
すでに正体不明の魅力が少年の心を支配し始めていた。
少年はその円盤を手提げかばんに入れて持ち帰ってしまった。
家では母親が昼ごはんの用意をして少年を待っていた。
「ちょっと、どこ寄り道していたの?早く帰ってくるって言ってたでしょ。」
「え?あ、ちょっと。」
「遊びに行くなら昼からって言ったでしょ。」
「うん、でも昼から遊びにいかない。みんな塾だって。」
「え?夏期講習?登校日なのに?」
「あ、登校日だから午後にしたんだって。」
「みんな大変ねっていうか、あなたはいいの?」
「レベルが違うんだよ!今週はもういいって。」
「ほんとかしら。」
少年は食事を済ませるとそのまま机に向かった。
母親は少年が珍しくまっすぐ机に向かったので安心して家事を始めた。
しかし少年は机に向かってもワークブックを出そうとはしなかった。
かわりに円盤をかばんから出して隅々まで観察してみた。
円盤は飾りと例のくぼみ以外特に何もなく継ぎ目や電池のフタも見当たらなかった。
『無接点充電式なのかなあ。』
外見ではそれ以上調べようもなかった。
少年はとりあえずスイッチらしいくぼみに親指をのせた。
すると目の前に先ほどの直方体の列が現れた。
少年は円盤を少し振ってみた。
並んだ直方体は柔らかいゼリーのように揺れた。
そして揺れが収まると「ブックマークのついたデータを再生しますか?」と声が聞こえてきた。
少年はすぐに「再生」と答えた。
「先ほどの続きで良いですか?」と返してきた。
少年は「続き」と答えた。
画面が切り替わって夕暮れの建物の廊下が映しだされた。
「2315年3月13日課題終了後寮に帰る途中」
どうやらキツカと二人で廊下を歩いている様子だ。
どこからともなくピアノの音が聞こえてくる。
「スメタナだな。」
キツカがポツリといった。
「なんだか物悲しいですね。」
「モルダウだよ、川の流れを表現しているんだ、楽譜データとの差分は不安定だな、奏者の感情が入ってるんだろ。」
「どんな方が弾いてるのかな。」
「多分アンドロイドじゃないだろ。人間が適当に弾いたのを完全コピーできるアンドロイドもいるけど、普通は譜面通りに弾くだけだから。」
「キツカちゃん、ほんとに人間が弾いているか見にいってみましょうよ。」
「え?今から?」
「早く帰ってもすることないでしょ?」
「いや、なくはないだろ?明日の課題の準備は?」
「え?明日?」
「明日は午前は社会常識の実技、午後は音楽。午後はともかく午前の提示されてる課題は予習しておかないと。」
「そんなの夜中でも出来るでしょ?」
そう言うとメルトは走りだしたようだ。
階段をいくつも登り小さなホールのような部屋の前についた。
開いた扉から階段状の座席が見える。
ピアノは見えないが正面の壇上にあるらしい。
「どうやらここらしいわね。」
「メルトちょっと待て。」
キツカがそう言うまにメルトは扉から中に入った。
メルトが中にはいると急にピアノの音がやんだ。
壇上の窓側に大きなグランドピアノがありその前に長い黒髪の女性が座っていた。
女性は入ってきた二人の方を見て話かけた。
「あらあら、新入生のメルトさんとキツカさん。なにかご用事ですか?」
「いえ、素晴らしいピアノだからどんな方が演奏しているのかと思って。」
「ふふ、それで見に来たのね。私は山田、音楽講師、あなた達の明日の午後の担当よ。」
キツカはメルトを押しのけて前に出て言った。
「あ、昨日の式の時教員席の端に座られてた方ですね?メルトはともかくよく私まで覚えてましたね。」
「ふふふ、いきなり入所式で名指しで注意されるような方でなくても新入生は全員覚えるようにしているから。」
「ふぇ!あー何というか、あれは…」
メルトはバツが悪そうに言葉を詰まらせた。
「ふふふ、せっかく来たんだからなにか弾きましょうか?こちらへどうぞ。」
二人は促されてピアノの前にならんだ。
「さっきの曲が聞いてみたいです。」
「ふふ、メルトさんよほど気に入ったのね、それじゃあ弾いてみましょうか。」
メルトは鍵盤の上に踊る山田講師の指をじっと見つめていた。
真っ赤な夕焼けの光の中で火と影が揺らめくように指は踊り続けた。
ひと通り弾き終わると山田講師はメルトの方を見て話しかけた。
「ずいぶんと興味があるようね、試しに弾いてみる?」
「え?あ、あの私ピアノは弾いたことないんです。」
「ふふ、人間なら練習しないと指が動かないだろうけど、あなたはそうじゃないでしょ?」
「ええ、まあそうなんですけど。」
山田講師は立ち上がって、もたつくメルトを席につけさせた。
メルトはしばらく鍵盤に顔を近づけて凝視したり、全部の指を空中に突き立ててくねくね動かしたり奇妙な動きをしていたが、しばらくすると唐突に弾き始めた。
その音色は先程の山田講師の弾く音色同様物悲しさを帯びていたがどこか力強さが感じられた。
「ふふふ、メルトさんのモルダウを聞いているとなんだか故郷の大河が目の前を流れているみたいね。」
メルトは夕日に浮かぶ山田講師のシルエットをしばらく見上げていた。
そこで画面は廊下に切り替わった、外はもう暗くなっていて照明がついていた。
メルトとキツカは黙って歩いているようだった。
しばらくするとキツカが話し始めた。
「本当にあなた何者なの?」
「え?私はメルト、えっと3月6日生まれ。」
「そうじゃなくて、さっきのピアノよ。」
「あー、すいません、下手すぎました?」
「もちろん楽譜データを読みだしたりしなかったわよね。」
「ええ、見様見真似で。」
「そうね、でも山田先生の弾き方とは少し違ったようだったけど。」
「うーん、私にはコピーは無理みたい。」
「ええ、たしかにコピーじゃなかったわ。問題はそこからよ。」
「え?」
「完全なコピーではなかった、でも下手だったとも言えない。」
「どういうこと?」
「あなたは気づかなかったかもしれないけど、あなたのモルダウを聞いている間、山田先生の瞳孔、脈拍、発汗、脳活動いずれも異常な反応が見られたわ。」
「え?そんな事わかるんですか?」
「私はちょっと多機能なのよ。」
「多機能。うーん、もしかして私が下手すぎて先生気分が悪くなったのかしら。」
「いや、解析結果は”感動”と出た。微妙な部分もあるけど悪い感情は確認できない。」
「感動?」
「ええ、何故かはわからないけどあなたの下手くそな演奏を聞いて感動していたのよ。」
「私の演奏は感動的なんですか?」
「よくわからないけどそういうことかな。」
「私ってすごい!」
「すごいな、とても人口頭脳にできることとは思えない。」
「おお!」
「一体どういうことだろうな、単純に不良品というわけでもないらしい。」
「ふ、不良品!」
「はは、怒ったか?だってそうだろ、お前みたいにボケまくっていれば誰だってネジが緩んでるのかな?って思うだろ?」
「人工頭脳ってネジで、え?ネジ締めたら治るんですか?」
「だから、もういきなりボケてるだろ、別に締めたらシャキッとするネジが本当にあるわけじゃないよ。」
「今時ネジ締めじゃないですものね。」
「誰が人工頭脳の固定方法の話をしているんだ、もう笑わせるのやめてくれ。」
そう言うとキツカは吹き出してしまった。
キツカは見た目に似合わず笑い上戸らしく、大声で笑い始めた。
『キツカちゃんはヒドイです、この後部屋に帰っても笑い続けました。』
そうナレーションが入ると画像が消えて直方体の列に戻った。